2007年11月10日土曜日

Interview with - 槇原敬之

愛犬の死を通してに、命の大切さを痛いほど実感したという槇原敬之。オリジナルアルバムとしては約1年9ヶ月ぶりとなる『悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。』は、そんな自身の体験をタイトルに掲げ、“悲しみ”を乗り越えていく心の変化を捉えた、ポジティブなメッセージあふれる一枚に仕上がった。その心の変化、制作過程を聞いた。


■ニュー・アルバムには、槇原さんの原点回帰みたいなものを感じたんです。先行シングル「GREEN DAYS」も青春一直線ってイメージで。

槇原:今回は、素直に自分の好きなものを作っていったんです。前のアルバム『LIFE IN DOWNTOWN』は趣味性が強いというか、シンセサイザーを多用したものを作っておこう、という作品。ただデビュー前から数えて20年以上曲作ってると自分でも、“槇原敬之のメロディってこんなんやん”というのが分かってきて(笑)。なのでその反対を行ったんです。そうすると面白いもので、ゴムを強く引っ張った時みたいに前に戻ろうとするんですよ。「GREEN DAYS」はその象徴みたいな形。今回はアルバム全体を通して、メロディーも自分の心の行きたい方に行ったし、すごく伸び伸びと曲作りできたんです。そういう意味の原点回帰はあるかもしれません。

■槇原さんはつね日頃、YMO好きという話をされてますが、彼らも含めた'80'sのエッセンスが随所に感じられました。

槇原:ユーミンや小田和正さんとか何でも聴いてました。もちろん、彼らがリスペクトしていたアーティストも。音楽ってそういう流れがあるから楽しいですよね。当時は恋愛みたいに音楽と接してましたし。毎日のように新しい音楽と出会って夢中になって、朝から晩まで音楽をやり続けてという時期。いまは仕事にしてることもあって、音楽を仕事目線で見ちゃう。若いコを見てると“このコたち、まだそういうことがあるんや~”とワクワクする反面、自分は少なくなったなぁ、という変な寂しさも(笑)。

■やっぱり青春時代に聴いた音楽って、ずっと持ち続けますからね。先ほどもおっしゃってましたが、今回はそれが素直に出た、と。

槇原:ファッションの世界で“新作コレクションのテーマは'80's”っていう感じです。そのまま持ってくるんじゃなくて、21世紀からの視線で'80'sをリファインしたというか。まぁ、そういうと計算し尽くしてるみたいですけど、恥ずかしいぐらいしてなくて(笑)。

■やっぱり「どんなときも。」にもありますけど、“好きなものは好き”と。

槇原:そうですね。今回は流行にこだわらずに、自分の好きなものを作ることができたと思います。ちょうど、とあるセレクトショップのオーナーが、“ずっと成功し続けてる秘訣は流行りに振り回されないこと。自分が何が好きかだけは見失わないで、自分の好きなものを考えるだけよ”と、インタビューに答えていたのを雑誌で読んで。その言葉が僕のアルバム作りを支えになりました。流行ってるものじゃないといけない、とか他人からの見られ方を気にしがちですけど、自分の好きなものを忘れちゃいけない、と。

■おっしゃる通り、アルバム全体が槇原さんらしいポップでキラキラしてるようなサウンドに仕上がってますね。けれどタイトルが『悲しみなんて何の役にも立たないと思っていた。』。逆にいうと“悲しみ”が作品作りのきっかけになったんですか。

槇原:いつも詞のテーマって、ぼんやりしたところから始まるんですけど、今回はかなり明確にならざるを得なかったというか…。

■というのは?

槇原:じつは5匹飼っていた犬の1匹が死んだんです。自分がミルクやご飯あげて育てたのが2年ちょっとで死んでしまったていう、すさまじい辛さがありました。“悲しい”っていう言葉の使い方、間違ってたんじゃないかっていうくらい、ほぼ毎日泣いてましたね。自分がこういう悲しさ、辛さを知らなくちゃいけない自分だと思うしかしょうがない。そんな悲しさを1年ぐらい突き詰めて行くうちに、自分がいままでわかり得なかったことが見えてきたんです。ほかの犬が普通に歩いているのを見てるだけで、涙が出てきたり、抱っこして身体があったかいのに“生きてるんや”と感じたり。なんかバカみたいですけど、こんな気持ちになれるなら他人からバカみたいっていわれてもいいや、と。そんな気持ちを聴いてもらいたかったんです。

■命の大切さを痛いほど実感されたんですね。そういう意味で“悲しみは役に立つものだ”と。

槇原:そう教えてくれた、死んだ“ゆんぼ”という犬に感謝ですよね。“悲しみ”もイヤなものだけど、じつは生きていくうえで大事なものかもよ、と。人間って生まれてきた以上、誰もがいつかは家族や大切な人との別れがある。そんなときに“もっとああしておけばよかった…”という悔いが少しでもないように。このアルバムを聴きながら、自然にそのヒントに出会えたらいいな、と。

■随所にポジティブで力強いメッセージを感じますけど、そういう悲しみを乗り越えていく心の変化があったんですね。

槇原:けっこう時間がかかりましたけど。最初は言葉にできない気持ちばかりあふれてきて。それが言葉にできるようになるまで待って、待って…1年ぐらいかかりましたね。でも、そんな心の変化があって作っていったら、暗いどころか明るいアルバムになりました。

■アルバム全体の流れもいいですね。インストの「introduction」で始まって、何気ない毎日の小さな幸せへの感謝を込めた「五つの文字」で締めくくる。その間に映画や短編集のようにいろんな形の幸せが描かれていて。この曲順はすんなり?

槇原:いつも曲順決めるのは大騒ぎなんですけど、今回はすんなり(笑)。たぶん、時間をかけながらゴールとしてひとつのテーマがあったからでしょうね。「五つの文字」の曲じたいは、いわゆるアルバムレコーディングの前に作ってた曲なんです。「めざにゅ~」(フジテレビ系)のために書いた曲なので。でも、不思議なことにこのアルバムを予想して、しかも総括するような曲になりましたね。

■いまはいろんなイヤなニュースであふれかえってますけど、このアルバムを聴いてると、世の中も捨てたもんじゃないなって気になってくるんです。

槇原:久しぶりに、いつでも聴いてもらえるようなアルバムができたかな、と思ってます。ふつうに流しても聴けるんですけど、辛いときや悲しいときも力になれるような。聴いてくれる人とは、友達みたいな関係でいたいし。ゴディバのチョコとか2段重ねになってて、食べ終わったと思ったら“まだ残ってた”ということってあるじゃないですか。困ったときにそんな感じで聴いてくれたら、まだ一粒二粒、役に立つものが残ってるような。形もないし重さもないけど、そういうときに支えてあげられるような歌を書いていきたいと思ってるんです。人生は変えられないけど、お手伝いはします、と。