じわじわと体のなかに染みこんでくる。桑田佳祐の『明日晴れるかな』に続くニューシングル『風の詩を聴かせて』の歌声にはそんな表現がぴったりだろう。懐かしくて、優しくて、温かくて、でもどこかはかない。その繊細で豊潤な歌の世界につい耳をそばだててしまった。この曲は2005年にがんで亡くなったプロウインドサーファー、飯島夏樹の半生を描いた映画「Life 天国で君に逢えたら」の主題歌にもなっている。つまり、映画によってインスパイアされた作品ということになる。と同時に、これは潮風や波の音をそのまま音楽に変換した作品でもありそうだ。
■新曲『風の詩を聴かせて』はどういう流れで生まれた曲なんですか?
桑田:前のシングル『明日晴れるかな』が音の壁で固めていくようなサウンドだったので、それとはちょっと違うシェイプアップされたシンプルなものがいいかなと思って、作り始めたんですよ。
■映画「Life 天国で君に逢えたら」の主題歌の話が来て、どう思われましたか?
桑田:映画のお話をいただく前の段階から、天国や魂といったイメージが漠然とあって作り始めていた曲だったので、こういう話をいただくのも何かの縁なのかなって。
■飯島夏樹さんのことは?
桑田:以前、飯島夏樹さんのドキュメンタリー番組をたまたま見たんですが、僕も海が好きだし、逗子、鎌倉といった身近な場所が出てきたこともあって、グッと来たというか。今回、映画のお話をいただいて、飯島さんがサザンオールスターズを好きだったとうかがったので、これはなんとかさせていただくしかないなと思いました。
■海を愛している点でも桑田さんと飯島さんとは共通する部分も多そうですよね。
桑田:飯島さんがウインドサーファーということもあって、風について、いろいろと思いを巡らせたりもしました。風がうごめく感じやたゆたう感じが人間っぽいなって。もし好きな男性が風とたわむれていたら、女性はしっとするかもしれないし、海を愛してやまないということはヤキモチの対象になりうるかもしれない。これは“私とあなたの物語”というだけでなくて、“私の手の届かないものをあなたは持っている”というストーリーも成り立つんじゃないかということは考えていましたね。
■この歌から大きくて優しいまなざしも感じました。
桑田:台本も読ませていただいたんですけど、これは飯島さんの物語であると同時に、飯島さんを見守り続けた家族の物語でもあるなと。だから家族の思いになり代わってというか、奥さんからの目線も意識しました。
■思い出に浸る歌ではなくて、未来へのまなざしがあるところもいいですよね。
桑田:残されたご家族は悲しいでしょうけど、どこかで守ってくれているんだという気持ちを力にかえて、もう1回前に進んでいくことが大事だと思うんですよ。人の死を無駄にしないってよくいいますけど、そういうことなのかなと。
■飯島さんの生き方をどう思われましたか?
桑田:きっと無念だったでしょうけれど、愛してくれた家族と海と風があったというのはすてきな人生だったんじゃないかなと思うんですよ。自分の立場を忘れて本気でたわむれるものがある人生って、幸せなんじゃないかなって。
■この曲から潮風の気配も伝わってきますが、桑田さんがサーフィンをやっていることも曲作りに影響を与えているのでは?
桑田:僕はサーフィンでぴちゃぴちゃやってるだけなんですけどね。この曲に関しては、僕のなかで海の映像が浮かんで、それに合わせて作っていったんですよ。これがもし雪山が舞台の映画だったら、きっと資料をそろえたりしたんでしょうけれど。飯島さんのお話、映画に影響されましたけど、同時に、今の自分における海の物語でもありますね。
■歌詞のなかからも日本的な無常観やはかなさみたいなものを感じました。
桑田:同じ海でも、僕はハワイやカリフォルニアの海はそんなには好きじゃないんですよ。どうしても自分が生まれ育った環境への思い入れがある。松があって、ススキがあって、月見草があって、ウミウシがいて、わかめくさい日本の沿岸がいい。鎌倉ってお寺が多いから、海に入っていても、夕方になるとゴーンって鐘の音が聞こえたりするんですよ。そういう音や松林に懐かしさを感じますね。
■この歌の背景には日本人ならだれもが持っているような死生観があるとも感じました。
桑田:海って、台風が来たりすると荒れ狂うし、刻一刻表情が変わるでしょ。そういう海を見ていると、自分もこの世の中から消えていくんだなと感じることもあるんですよ。と同時に、人間は生まれる前は母親の羊水のなかにいるわけで、海は大きくいってしまえば懐かしい場所であり、やがて帰る場所でもあるのかなって。そんな感覚もこの歌のなかに入っていると思います。
■サウンド面でポイントとしたことは?
桑田:最初はもっとシンプルにアコギ1本にフィンガーシンバルが入るくらいにしようかと思っていたんですよ。最終的にコンガやトライアングルやグィロなどのパーカッション類、アコースティックベース、ドラムのブラシ、シンセなども入れましたが、基本的にはアンプラグドなものにしたいな、自分の声やブレスがそのままストレートに出ていくものがいいかなと考えてました。
■歌うときにイメージしたことは?
桑田:歌で伝えたかったのは、自分の思う静寂なんですよ。歌詞のなかに“盆の花火は妙に静寂”という言葉があるんですが、花火がドンドンドンって鳴る音や祭りの笛や太鼓の音、虫の鳴き声なんかを日本人は夏の静寂の一部としてとらえると思うんですよ。そういう音と同じように、自然のなかにそっと自分の歌声を忍ばせていけないかなって。今回はそうした静寂の表し方が好きだったってことですね。
■2曲目の『NUMBER WONDA GIRL~恋するワンダ~』は一転してバンドサウンドの楽しさが伝わってくるロックナンバーですね。
桑田:すごくいいミュージシャンがいてくれるので、彼らの顔を見ているだけでもインスパイアされますよね。今回は“エリック・クラプトンの『恋は悲しきもの』を聴いておいて”というキーワードを出していたんですよ。そういうことは照れずに、恥ずかしがらずにいこうかなと。きっとみんな、こういうのがやりたいんじゃないかな、ほほえんでくれるんじゃないかなって(笑)。
■みんなで楽しく演奏している様子までもが伝わってきました。
桑田:この年で音楽を一緒にやれる仲間がいて、楽しい楽しいって言ってられるなんて、幸せだなと。だからこそいい加減なことはできないという。でも同時にアマチュア精神というか、ワクワクする気持ち、初期衝動を持ち続けていたいですね。
■レゲエも音頭も一体となった3曲目の『MY LITTLE HOMETOWN』も、楽しさと明るさ、はかなさやせつなさが表裏一体となっているすばらしい曲ですね。
桑田:ジャマイカと茅ヶ崎がグジャグジャになってますよね(笑)。淡々と時が刻まれるイメージが浮かんで、それがレゲエの裏打ちのリズムにつながっていったというか。ボブ・マーリィの叫びから、せつないという印象を受けたんですよ。ロックンローラーというのは、悲しみを自分の音楽に乗せて大声で叫ぶことなんじゃないかなって。自分のなかでボブ・マーリィとお祭り、故郷のイメージがつながっていった。それで最後に茅ヶ崎のみこしの音を入れたりしました。
■後半の歌詞はいろいろと考えさせられる要素もありますね。
桑田:これは茅ヶ崎の歌だし、日本の行政や教育問題がどうとかひと言も言ってないんですけど、本当の豊かさとは何なのかということとか、環境問題とか、グローバルに話が広がっていくかなという気はしてます。
■焼きそば屋さんのソースのにおい、手あかで汚れた少年漫画といったディテールの描写もとてもいいなぁと思いました。
桑田:この歌で歌ってるのはすごくアナログなことなんですよ。世の中がデジタルになってくると、どんどん便利になるんだけど、そこで失われてしまうこともある。家の柱に名前を掘ったこととか、その柱に虫をつぶしたシミがついていることとか、今でも覚えてるけど、そういうささいで取るに足らないディテールが、自分の人生にとってはかけがえがないことだったりするんですよ。そういうものを失っていって、さてこれからどうするんだろうっていう歌でもありますよね。
■11月21日からはアリーナツアーもスタートしますが、どんなものにしたいですか?
桑田:年々シンプルにやりたいという思いが強くなってきてまして。もの珍しいことをやるつもりはないし、ソロの集大成的なものでありつつ、わかりやすいものをやりたい。すばらしい仲間がいてくれるので、音楽的にいいものにはなると思うので、あとはシンプルにお客さんと一緒に楽しめたらいいなと思っています。
■今年の夏は海に入ったりは?
桑田:いや、ライブの準備とプロモーション活動で手いっぱいになると思いますね。創作活動もありますし。
■ソロ作品の次の予定はどうでしょうか?
桑田:いや、まだですね。作れたらいいなとは思っているんですけど、なかなかできなくて。こればっかりはわからないですから。
2007年11月1日木曜日
interview with - 桑田佳祐