2007年10月20日土曜日

Interview with - 東京事変

ポピュラリティと芸術性の狭間で、音楽は時に難しいものになる。聴き手あっての音楽という側面が強まると、聴き手に合わせることで理想の表現から脱線することもあるし、芸術性ばかりを追求することで、聴き手との距離が離れていってしまう。また、その均衡は常に変動しているし、一貫した法則もない。それゆえに作り手にとって音楽は難しく、同時に尽きない喜びを与えてくれるものなのだろう。

過去のインタビューにおいて、椎名林檎は「音楽は芸術であってはいけない」と語ってきた。その言葉は自ら言い聞かせるように繰り返されてきたし、実際、過去の作品において、彼女は絶妙なバランス感覚を発揮してきた。しかし、作品を重ね、音楽性が成熟を迎えつつある状況下において、聴き手のために表現世界を抑制することは尋常ではないストレスを伴うはずだし、セールスの減少が作品世界の抑制に拍車をかけ、瑞々しさを失いつつある音楽シーン全体の傾向を踏まえると、彼女はそろそろ新しい一歩を踏み出す時なのかもしれない。

椎名林檎:良かれと思ってやってしまいましたけど、『りんごのうた』で独りの活動に区切りをつけたあと、いきなりモードを切り替えれば良かった。徐々に変化していく過程を見せていくことで、親切どころか余計ややこしく見えたのではないかしら。でも、このアルバムでようやくスタート地点に立てたような、そんな気分です。

彼女がそう語る東京事変のサード・アルバム『娯楽(バラエティ)』は、バンド結成当初の構想が、注釈や説明抜きでストレートに突き詰めた、初めての作品である。クロスオーバーな感性と、それを具現化するスキルを持ったメンバーが楽曲を持ち寄り、その場の盛り上がりをバンド一丸となって録音すること。このアルバムでのトライアルはいたってシンプルだ。

椎名林檎:バンドって、一人一人に役割が決まってて、ギタリストはかくあるべしっていうような倫理があって、それに則ってやる伝統芸能みたいなことになる危険と、常に背中合わせですよね。ただ面白くて自由なものをやりたいんです。

ただし、このシンプルなアプローチは、同時にショック療法的でもある。そもそも、圧倒的な人気を誇るソロ・アーティストが、パーマネントなバンド結成に向かったこと自体、非常に稀なことであるのに、詞曲を高く評価されている彼女がその一翼を手放して、詞作に専念するばかりか、過剰包装を排して、素材をそのまま差し出しているのだから、驚きが大きいのは当然だろう。ただ、その驚きの大きさは、本来、形にとらわれることなく、自由に広がり解釈されるべき音楽を型にはめ、その息吹を奪ってきた現在の音楽産業の不健全さをも映し出している。

椎名林檎:私は子供の頃から、テレビを付けてもやってないような音楽ばっかり好きだったから、それはしょうがないというか、反骨的な気持ちはずっとあります。そもそも、今のメンバーにオファーした私の気持ちからして、そういう意味合いがあります。

浮雲:僕らは以前と変わりませんけどね(笑)。林檎さんには申し訳ないですけど、そういう状況があるだけに、逆に僕らの無責任な感じがいいんじゃないかって思うんですよ。

しかし、翻せば、その驚きは自由の高い音楽へ至る通過儀礼のようなものでもある。一端くぐってしまいさえすれば、開け放った扉の向こうには、日常と地続きのカラフルでハートフルな作品世界が広がっている。そんな本作は“気の赴くままにレコーディングされた様々なタイプの楽曲を、リモコン片手に居間でバラエティ番組を観るような感覚で楽しんで欲しい”という意向を反映して、『娯楽(バラエティ)』と題されているが、そのタイトル通り、本作は決して難しい作品ではない。

浮雲:前作では焦燥感を煽られるような、戦いながらレコーディングしているような感じがあったんですけど、今回はすごくゆるかった。全員納得しているような、一緒に進んでいるような、そんな雰囲気が良かったです。」

刄田綴色:僕は予習するのが大好きだし、自分で制約を作っちゃう方なんですけど、このメンバーになってから、予習が意味なくなってきてるんですよ。

伊澤一葉:前作よりも、自分の呼吸に近い音数だと思います。レコーディング期間も今回の方が短かったですしね。

本作にあっては、椎名林檎同様、クラシックの教育を受けた、端正なソングライティングが特徴と言えるキーボード伊澤一葉、カントリーからソウル/ジャズまで、驚くべき表現幅を洗練されたマナーで行き来するギターの浮雲という、2人が作曲を担当。一流プロデューサーの顔も持つベースの亀田誠治が、「私生活」を楽曲提供しつつ、プレイに徹して静かにバンドを見守れば、怪我から復帰したドラマーの刄田綴色は、以前と比べて、しなやかさを増したプレイを展開。そして、ボーカルと詞作に専念する椎名林檎は、音楽を音楽として自由に解き放ちながら、拡散的な作品をその歌声で見事にまとめあげている。

椎名林檎:今回の作品で、曲や詞を提供することはあっても、本来、ドラマやストーリーを提供する職業じゃないってことを、1回はっきりさせることが出来たら、今後がやりやすくなるんじゃないですかね。

役者は揃い、そして、機は熟した。2007年、晩夏の東京から日本の音楽シーンを揺るがす事変がいよいよ始まる…。