2007年12月5日水曜日

interview with - AI

 自分の気持ちに正直に、恋愛も社会的な問題も同じように歌ってきたAI。2007年はロック系の夏フェスにも出演し、もはやヒップホップ・ソウルのディーバという形容は窮屈そうだ。そして、さまざまな熱や感動に触れた今の表現として、6枚目のアルバム『DON'T STOP A.I.』が完成。なかには土屋アンナPUSHIMANTY the 紅乃壱という女性ばかりをフィーチャリングしたナンバーなども収録。“私の意見”から、人とのつながりのなかで見いだした“大きなメッセージ”への開かれたシフトを実感できるはずだ。


■なんか『What's goin' on A.I.』が昨日のことのように思えるんですが。ってことは、作ってるほうはもっと早いワケですよね。

AI:確かに。だけど、まだなんか『I Wanna Know』 歌ってる感じとか残ってる。このアルバムを作り始めたのはちょうど去年のツアーが終わってからだから、最初のほうはまだライブ感が残ってるっていうか、 “ライブで今度こういうことしたいから、こういう曲作りたい”とか。例えば『BRAND NEW DAY』のこういうビート選んだのも、そういうのがあったと思うし。で、時間がたって制作系だけになってくると、スタジオにこもることが多いから、今度は だんだん自分の気持ちがマイナー系になっていって(笑)、バラードとか選んでたりして。で、途中くらいまで作ったときに『DON'T STOP』っていうアルバムタイトルがついたから、それに決めてからはまた“来年のライブどうする?”って話もしてたから、そういうのを考えたらまたアッ プテンポを選んでいったり。そのときの感情や気持ちや、自分のやってることによって作る曲が変わっていったと思う。しかも、今年はサマーフェスティバル系 まわっててそういう時期に作ってたから、ライブを意識した曲がいっぱいあるかもね、前のアルバムよりは。


■じゃあ具体的に曲のことを聞いていきますね。『DON'T STOP』、これはなぜディープ・パープルの『ハッシュ』のサンプリング(※編集部注1)を使うことになったの?

AI:これはですね~、サンプリングされたトラックを聴いて。いろんなトラックのなかでもやっぱ目立つんだよね。♪ナーナナ、ナーナナ ~♪って、“どっかで聴いたことあるけど、こーれはヤバイ!”と思って。全然ディープ・パープルの超ファンとかってワケじゃないけど、ちょっと変わった感 じのことしたいなと思って。まぁ、もしかしてディープ・パープルのファンの人が聴いたら、“おまえ、オリジナル変えやがって!”みたいな(笑)、そういう のもあるかもしれないけど。やっぱ今の音では出せないザラッと感とか、オルガンの音とか、いいなぁと思って。でも、サンプリングの曲って有名であればある ほどできる確率が低くなるから、最後まで“ちょっと待って”ってホールドされてたんだけど、私はもういい曲を見つけたらすぐ歌詞とか考えたいし、メロ ディーも考えたいし。


■この曲じゃないと意味がなかったんだ。

AI:うん、そう。それが、たまたま来年ディープ・パープルが来るらしく。で、サンプリングの件もタイミングが良くて、それだったらプロモーションにもなるかもしれないからいいよ、みたいな。


■すごいタイミングですねぇ。

AI:そうなんだよね。


※編集部注1 / 既存の楽曲の一部を抜粋・引用し、別の楽曲を作り出すこと

■今回のアルバムはトピックも多くて。『BUTTERFLY』にはANTY the 紅乃壱土屋アンナちゃん、PUSHIMが参加していますね。

AI:これは超大変だった。それぞれにまず自分で電話して、本人たちに確認とって。やっぱり本人が「う~ん、あんまり……」って言ったら別に事務所同士で話す必要もないし。


■みんな友だちなんですか?

AI:そうですね。何年か前に名古屋でライブ帰りにクラブ行ったら、ANTYがそこでライブしてて。名古屋弁でラップして、“すごいなこの 子、ヤバイ!”と思って。で、話してみたらいい子で人柄も良くて、いつかなんかやりたいなとは思ってて。あとアンナちゃんは撮影や映画だったり、ちょこ ちょこいろんな場所で会うことが多くて。ちょうど連絡したとき、アンナちゃんは居酒屋かなんかにいて飲んでて。「一緒にやりたいんだけど」「あ? いい よ。やろうよ」って、即OKで。PUSHIMは、レゲエでずーっとやってきててさ。久々にしゃべったんだけど。昔は一緒にショッピング行ったことあるけど (笑)。


■3人3様の景色になりますよね。

AI:そうなんだよね。ジャンルは違っても一緒にできるんだっていうのを見せたかったし、それぞれ私がリスペクトしてる人たちでもあるし、そういう部分がすごい良かったかな。で、女の子をフィーチャリングするのも初めてだったのね。


AIさんはプロデューサー的な部分もあったんですよね、この曲は。

AI:そうですね。やっぱり自分の曲でっていうのはなかったから、レコーディングの現場で聴いて、“ヤバイ、楽しい……”とか思って。それにしても強い女の人たちだなぁと思った(笑)。

■中盤以降にはロックっぽい、どころか“ロックじゃん!”っていう曲もあって。

AI:『THE ANSWER』ね。


■こういう感じの曲がほしかったんですか?

AI:これはホントのこと言うとドラマ「医龍 Team Medical Dragon2」のために作った1曲なの。歌詞もすごく「医龍」っぽいと思うし、心臓の音が入ってたりとか、やっぱりドラマの曲だからっていっても、自分も好きな曲にしないと自信持ってやれないから。


■これがシングルになってたらけっこう問題作だったかも。

AI:そうそう。でも全然好きですね。なんかドキッとするような感じもあるし、やっぱり手術シーンで終わったあとに、バラードじゃないなと 私は思ってたの、ずっと。だけど、みんなに「ドキッとしたあとに安らぎがほしいんだ」って言われて、そう言われると「まぁね」って思っていったというか。 それで『ONE』を作ったんですけどね。


■でもこの両極端な2曲が入ってることで、アルバムの幅は広がったんじゃないですか?

AI:確かにこの2曲が入ったことで、さらに広い感じになったし、今思うとすごい良かったんだよね。『ONE』も『THE ANSWER』もいいし。もし自分の好みだけでやってたらこの2曲はなかったかもしれないし。


■だから前作『What's goin' on A.I.』は大きいテーマがあったけど今回はいい意味で幕の内弁当的なんですよね。

AI:ホントそうだと思う。去年のはやっぱり“ニュース”だったから。まぁ家で歌詞書いてる時間も、テレビつけてる時間も長かったり、朝方 帰ってきて、結局見られるのはニュースだけだったから。事件がもうヒドイのばっかりで、“なんだよ、これは?”っていう疑問が多かったからね。それに本も 事件を扱ったノンフィクションとか、カウンセリング系とかばっか読んでたから。で、自分で曲とか作っちゃえばさ、人に言うわけじゃなくて、まず自分が変わ れたりするから。


■すごくそういう年だったんだよね。

AI:うん。で、今年は逆にもっと人を笑わせたいし、喜ばせたいし、テンション上げさせたい。やっぱりフェスティバルまわったのは大きかったですね。

■フェスティバルといえば、『I'll Remember You/BRAND NEW DAY』の取材のときマキシマム ザ ホルモン見たいって言ってたけど、見られました?

AI:結局、出演日が違ってて見られなくて、それがもう残念でね。でも、ROCK IN JAPAN FES.のバックステージでナヲちゃんに会って。「ファンなんです。写真撮ってもいいですか?」みたいな。そしたらあっちも「ファンなんです」みたいな (笑)。で、「は!? いや、悪いけど私のほうが好きだから!」とか言って。


■告白し合い、みたいな(笑)。

AI:うん。「やった~! うれしい~」。


■(笑)。でもホントにフェスで広がったんですね。

AI:だからこういうアルバムになったとも思うし。自分がいつもやってる場所も大事だけど、やっぱりたまには全然違うとこへ行って、例えば 日本でみんな好きだって言ってくれたら、たまには違う国へ行ってやってみるとか。むしろブーイングがとんでくるぐらいの恐ろしいとこに行ったら、“今度は その人たちを納得させるようにどういう曲を作ればいいんだろう?”とか、すごくいい勉強になるから、そういう意味でフェスには出て良かったと思う。


■ちなみにマキシマム ザ ホルモン以外で、AIさんが“この盛り上がりスゴイ! くやしい!”って思うアクトはありました?

AI:くやしいっていうのはなくて……、ELLEGARDENとか良かったね。お客さんのはねてる感じがすごいわかるんだよね。ただ、自分の選ぶトラックはそういうのじゃないけど、そういう気持ちになれるような曲は作りたいなって、そういうライブ見て思ったり。


■来年のツアー、長いじゃないですか。アンケートとかも楽しみですね。夏フェスで見た人も来るかもしれないし。

AI:そうそうそう。夏に見ておもしろかったから、ぐらいの人にもぜひ見てほしいし。


■来てくれると思うなぁ。さて、最後にベタなんですが、このアルバムをみんなが聴き込んでるころって、クリスマスシーズンだと思うんですが。

AI:クリスマス、ヤバイですね。


■今年はどう過ごしてそう?

AI:クリスマスはたぶんどっかのツリーの下で歌ってそうだな(笑)。なんか何もなくないような気がするんだよね。なーんかありそうなんだよね(笑)。


■人のクリスマスを盛り上げる……。

AI:私も盛り上げてほしいわ(笑)。

2007年12月4日火曜日

interview with - BoA

 2000年8月に母国である韓国でデビューし、翌々年の2001年5月、『ID;Peace B』で日本デビューを果たしたBoA。 当時BoAは14才。“とにかく歌うことが大好きなんです!”と慣れない日本語で話してくれた。実の兄が受けたオーディションについて行ったことがきっか けで、この世界に足を踏み入れることになった彼女に、ここまでの無限の可能性が詰まっていたと当時だれが想像できただろうか? 2006年11月5日、 20才の誕生日を迎えた彼女は、デビューから5年という歌い手としての節目と自らの人生の節目である“20才”を記念して、2007年1月17日に5枚目 となるオリジナルアルバム『MADE IN TWENTY(20)』をリリースする。タイトルが示すがごとく、彼女のいままでの歌い手としてのすべて、そして人生の経験すべてが、このアルバムには詰め込まれているといっても過言ではない。今回は、そんなニューアルバムの話を中心に、BoAの素顔に迫ってみました。


■BoAさんやっとハタチになりましたね!

BoA:はい(笑)。デビューが14才だったので「BoAはいつハタチになるの?」って言われ続けてきたんですけど、これでもう言われなく なりますね(笑)。でも、実感はないんですよ。目に見えるものが大きく変わったということはないし、精神的にも特に大人になったとも思えないし(笑)。で も、やっぱりデビューのころの写真を見ると“老けたなぁ”って思いますけどね(笑)。


■ふ、老けたなぁって(笑)。

BoA:あぁ、“大人になったなぁ”って(笑)。


■20才を機にチャレンジしたいことは?

BoA:もうちょっと日本語を完ぺきにしたいですね。


■完ぺきですよ、BoAさんの日本語。私たちよりも正しく日本語を使えてますよ。

BoA:そんなことないですよ、まだまだだなって思うことがいっぱいありますもん。


■お酒も飲める年になったけど。

BoA:ん? 酒はちょっとだけ飲むんですけどね。


■“酒”って(笑)。

BoA:あははは。ね(笑)。日本語の丁寧語ってむずかしいですよね。こういうとこがまだ完ぺきじゃないんですよ。細かいニュアンスや使い分けが。だからね、自分ではそういうつもりじゃないのに笑われちゃったり突っ込まれたりするんです(笑)。


■正しい突っ込みを入れちゃったね(笑)。

BoA:いえいえ、いいんですよ、そこからいろんな話の展開があったりもするから(笑)。でも、そういう細かいとこもわかって話せたらもっとおもしろいんだろうなって思うんですよね。そしたら、歌の面でももっと細かく感情を表現していけると思うし。



■『MADE IN TWENTY(20)』では、よりいっそうの感情移入を感じたよ。自然な大人っぽさがすごく印象的なアルバムだった。

BoA:それ、本当にうれしいです! 周りのスタッフにも「無理してない感じがいいね」って言ってもらえたことがすごくうれしくて。今回の アルバムでいちばんこだわったところでもあったから。20代になって初めてのアルバムでもあるので、やっぱり最初は“大人”っていうところを意識したんで すけど、逆に大人っぽさを意識し過ぎてしまうと、自分の歌に無理が出てくると思ったので、自分の素直な感情を歌に込めたんです。今回、恋愛の歌詞が多かっ たこともあったので、まだまだ自分が経験していない感情もあったんですが、変に背伸びしないように、その歌詞を読んだときに感じたままを素直に歌ってみた んです。


BoAはいままでもすばらしい感情移入を見せてくれていたけど、今作ではよりBoAの内面を深く感じ取ることができたから、何か心境的な特別な変化があったのかなって。

BoA:はい。いままではディレクターさんが歌詞の内容やストーリーを説明してくれて、そこから自分の感情を絡めていくことが多かったので すが、今回は歌詞をもらって、最初から自分で読んで理解していったんで、人伝えではなく、本当に私が感じたままを言葉にできたと思うんです。それが、聴い てくれる人に無理なく自然に伝わってくれたのかなって思います。


■前作のオリジナルアルバム『OUTGROW』ではBoAさんの作詞曲が多かったけど。

BoA:はい。でも、今回はあまり作詞という形では参加していないんです。今回は“歌う”ことに集中したかったんです。シンガーとして成長したいという気持ちが強くあったので。


■なるほど。今回、2006年リリースのシングル曲も何曲か収録されるけど、シングルでの成長を生かせた感覚はあった?

BoA:ありましたね。『Winter Love』(2006年最後のシングル)が大きかったかな。ラブバラードなんだけど、別れの歌だったんですよ。せつない失恋の歌っていままでなかったから。“やっと失恋の歌も歌えるようになったな”って思いましたね。


BoAのバラードを待っててくれる人も多いんじゃない?

BoA:はい。『メリクリ』(2004年12月リリース)あたりから、特にバラードを待っててくれる人たちが増えた感覚があって、冬になるとバラード曲を作らなくちゃって自分でも思うようになったんです(笑)。


■そうなんだ(笑)。個人的に、今回のアルバムに入ってるBoA作詞の『OUR LOVE~to my parents~』はすごくあたたかい気持ちを感じた。

BoA:『OUR LOVE~to my parents~』は『OUTGROW』 に入れようと思っていた曲でもあったんですけど、バラード曲の割合が多くなってしまったこともあり、とっておいた曲で。両親にあてて書いた歌詞なんです。 いつか、両親への思いを歌詞にしてみたくて。今思えば、ハタチになった今、この歌が歌えたことにすごく意味を感じていますね。実は今回、“BoA THE LIVE”(9月から回ったツアー)に集中したかったこともあり、レコーディングは9月までにすべて終わらせていたんですが、『OUR LOVE~to my parents~』に関しては、それより前にすでにレコーディングが終わっていたんです。でも、“近い距離でBoAの歌と音を感じてほしい”というコンセ プトだった“BoA THE LIVE”を終えてみて、バラードへの感情の込め方を自分的にもつかめた気がしたので、無理をいってツアー後にもう一度レコーディングさせてもらったんで す。そういう意味でも“BoA THE LIVE”は本当にすてきな経験になりましたね。


■そうだったんだ。でも、本当に“ハタチのBoAが歌うからこそ味のある曲”になったよね。バラードだけじゃなく、11曲目の『Prayer』なんて、“こんな妖艶(ようえん)なBoAは見たことなかったかも”って驚いた。

BoA:ありがとうございます! 私も『Prayer』はとても気に入ってます。ここまでファンキーな曲は珍しいですよね。またひとつ新たなBoAを見つけ出せた気がします。


■今回のアルバムでは作曲にも挑戦してるね。

BoA:はい。『no more make me sick』は初めてパソコンで作曲した曲なんですが、カッコいいダンス曲はすばらしい作曲家さんたちが作っくださっているので、私は、リズムで楽しめるよ うな曲を作ってみました。もともとミディアムテンポの曲が大好きで、いつか自分で作って歌ってみたいなっていう気持ちがあったので、今回実現できて本当に うれしかったです。難しかったけど、苦労したぶん、達成感がありましたね。


■それに、アルバムのラストを締めくくる『Gracious Days』は、“新たなスタートをきる前向きなBoA”を感じる鮮やかなナンバーだよね。すごく印象的だった。

BoA:この曲も今の私が歌うから説得力があるのかもなって思います。まだまだ経験不足なとこはたくさんあるし、知らないこともたくさんあると思うんですけど、5周年を迎えた今だからこそ、歌えた歌かなって思いますね。



■2006年はデビュー5周年だったんだよね。振り返ってみて、どう?

BoA:本当にあっという間でした。オリジナルアルバムも5枚目だし、シングルでは21枚目だし、5年間ではもちろん反省もあるし、つらいことがなかったわけじゃないけど、そんな思いや経験も、すべて自分のためになっているような気がするんですよね。


BoAさんは勉強家だよね。ここまでBoAさんを頑張らせた思いって何だったんだろう?

BoA:やっぱり歌うことが好きという思いだと思います。私はちっちゃいころから“歌手になりたい”という漠然とした思いしか持ってなかっ たんですけど、自分が今みたいになれるなんて昔は想像もしていなかったんですよ。歌手として歌い始めてからも、“あの人みたいになりたい!”っていう具体 的な目標を立てていたわけでもなかったし。
 でも、ひとつ言えることは、毎日の小さな努力が重なっていって、いつか大きなことを実現できるんだと いう気持ちを常に持って頑張ったことですね。それと、本当に私は周りのスタッフに恵まれていたことが大きかったと思います。私以上にBoAというアーティ ストを深く理解してくれていて、私の魅力が最大に生かされる楽曲や歌詞を私のために用意してくれることで、私はここまで成長してこられたと思うんです。
  ディレクターさんとはデビュー当時からの本当に古いお付き合いなので、普段から“オススメの1曲”とかいって、どっちが相手をうならせるすてきな1曲を 持ってこられるかって競い合ってオススメし合って遊んでたりするんですよ。最近はオールドR&Bがブームなんですけど、なかなか勝てないんです(笑)。そ んな何気ないやりとりも、私を成長させてくれているんだと思います。そして何よりも、私の歌を待っていてくれるファンのみなさんの応援があったからこそだ と心から感謝してます。


■本当に大人になったね。昔から落ち着いた印象はあったけど、もう“BoAちゃん”って“ちゃん”付けで呼んだら申し訳ない気持ちになってきた(笑)。

BoA:あはははは。いいですよ“BoAちゃん”で(笑)。ハタチになったからって急に変わるのもなんか変だし(笑)。でも、たしかに、昔っからあんまりキャピキャピした女の子ではなかったかもしれないですね。今もね、普段からあんまりしゃべらないんですよ。


■プライベートは暗いっていうか、静かなの?

BoA:いえ、暗くはないですよ。同じ年の人と比べると、あんまりしゃべらないほうかもってくらいで(笑)。日本でのオフはスタッフさんとお買い物に行ったりしてて、韓国では友だちとご飯食べに行ったり映画見たりしてますね。


■そういえば2006年の年明けは実家に帰って、お母さんの風邪をもらって大変だったって言ってたけど、2007年の年末年始の予定は?

BoA:そうそう、去年は母から風邪もらって大変だったんですよね、新年からいきなり病院通いで(笑)。今年はお仕事が終わったら韓国に帰 ります。でも、アルバムのプロモーションや制作があるので、長期間ゆっくり休めないかもしれないですね。でも、お休みは家族とゆっくりしたいです。


■2007年はどんな1年にしたい?

BoA:ひとりの女性としてもアーティストとしても、また一歩成長できる1年にしたいです。10代が元気なイメージで、その元気で人の心を癒やせていたなら、20代は人の痛みがわかる人になって、そんな歌で聴いてくれる人の心を癒やしていけたらいいなと思ってます。

2007年12月3日月曜日

interview with - SEAMO

2006年は、シングル『マタアイマショウ』『ルパン・ザ・ファイヤー』の大ヒット、そしてセカンドアルバム『Live Goes On』がアルバムチャ-トの1位をゲットし、さらにはNHK紅白歌合戦初出場と、名実ともに大ブレイクを果たしたSEAMO。ヒップホップの枠を超え活躍する彼が、ついに新曲『Cry Baby』を発表。しかもこの曲は、映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」の主題歌でもあるのだ。SEAMOとクレヨンしんちゃん……なんてナイスな組み合わせじゃないか。では今回は、新曲についてはもちろん、ブレイクした今、そしてこれからについて話を聞いてみよう。


■さあ、SEAMOさんの新シーズンの幕を開ける新曲で、映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」の主題歌でもある『Cry Baby』がついに完成しました。

SEAMO:この曲自体は、2006年の秋からミニ合宿して作ってた曲で、それを映画のスタッフが気に入ってくれたんです。トラックや歌詞はそのままですけど、主題歌が決まってから、お子さん連れで見にきてくれるだろうし、エンドロールに流れるだろうってイメージして、イントロを長くしたり、子どものコーラスやハンドクラップとかの味付けをあとからしましたね。


■メロディーも優しい感じの、心にグッとくるナンバーですね。

SEAMO:まず、トラックありきで音楽を作って、歌詞をつけていくんですけど、僕もメロディーをつけるのにだいぶ味をしめてきまして(笑)、1年前よりウマくなりましたね。


■歌詞は、つらいことを受け入れ、乗り越えていこうというポジティブな内容です。これは、自身の経験から出たものなんですか。

SEAMO:そうですね。ネタになっている時代背景は、シーモネーターとしてうまくいかなかったときの話で、そのころって、印象的な涙がいくつかあったんですよ。テレビで、ハルウララっていう100連敗した馬のドキュメントをなにげなく見てたんです。そのなかで、おばあちゃんがハルウララに手紙を出してたんですよ。「リウマチで手足が痛い。こんなつらいなら死んでしまいたいとも思ったけど、負けても走り続けるハルウララの姿を見て、励まされて生きる勇気をもらった。ありがとう」って内容で。それが、当時の自分とクロスオーバーして号泣しちゃったんです。


■そのころは、精神的にも相当追いつめられてたんですね。

SEAMO:はい。周りの仲間に追い越され、道に迷ってましたね。あのころの涙はコンパイルしておく必要があるなって思ってたんです。でも、あのときに、こういう曲を書いてたら、たぶんグチっぽい歌になってたと思うな。でも今は、あのときがあったから今がある、あのときの涙は最高に力強かったなって思えるんですよ。それで、こういう歌にできましたね。


■苦しい時期を経て、SEAMOとして再スタートして、結果を出した今だからこそ、この曲が作れたと。

SEAMO:ホントそうです。実際、直面してるときってどうしたらいいかわからないし、道を切り開けない。世の中って楽しいことよりうまくいかないことのほうが圧倒的に多いじゃないですか。僕もみなさんと同じく、道に迷い苦労して泣いてた。だからもし道に迷ったり、見失ってる人がいたら、この曲でちょっとでも背中を押してあげられたらいいなと思いますね。あとは、ぜひ会社の管理職とか強いポジションにいる人たちにも聴いてほしくて。普段強く振る舞わなきゃいけない人ほど、いろんなものがたまってると思うんですよ。


■確かに。責任が大きい人ほど、つらさも多いですからね。

SEAMO:でもやっぱり、くやしいことから逃げちゃいけないんですよね。まずは、現状を受けとめて、自分で消化して、それで新たな一歩を踏み出してほしいです。


■壁を乗り越えたSEAMOさんの言葉だけに説得力がありますよ。

■続いては「クレヨンしんちゃん」についても聞いてみたいんですが。

SEAMO:テレビは見たことがあったけど、この仕事やるにあたって、映画を見たんです。ビックリしたのが、テレビだと下品なだけだなーって感じだけど、映画だとメッセージが深くて泣けるんです。子どもがわからないような、大人がターゲットなぐらい深かったですね。


■そうらしいですね。「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」は、映画ファンのなかでも評価が高いと聞いてます。でも、SEAMOさんとしんちゃんって、なんかイメージがダブりますよね(笑)。

SEAMO:そうですね(笑)。最初、主題歌の話が来たときは、一瞬戸惑いもありましたよ。でもよく考えたら、脱ぎキャラだし、下品なクセしてみんなに愛されてるとことか、むしろオレの目指すべきとこだな、人ごとじゃないなと。最近は、しんちゃんの着ぐるみと共演することもあって、親近感がグッと高まってます(笑)。


■(笑)。さて、カップリングの『LOVEミサイル』は、跳ねたビートの楽しいナンバーです。女の子ねらいの歌詞は、モロにシーモネーターの影が出てますね(笑)。

SEAMO:これは、あのころでもいけた曲ですね。もちろん、今の細かい技術やメロディーとかをふんだんに生かしてますけどね。それに、僕は昔を全部否定してるわけじゃないんですよ。むしろ、昔の足あとを誇りたい。くやしい思いをしてきたこと、放送禁止になったことも自信に思ってますよ。で、今は、SEAMOとして新しい技術をどんどん身に付けて、間口を広げてるつもりなんです。だから、涙流してる曲も、車に乗って女の子とイチャつきたいって曲も、パチスロやってる曲も、全部リアルな自分なんです。


■ということで『無想転生』は、パチスロ大好きなSEAMOさんならではのナンバーですね。

SEAMO:これは、「北斗の拳」というギネスブックにも載った名機がテーマなんです。あれは、演出、音楽、ゲーム性と、ズバ抜けてすごかったんです。もう、僕らの心をくすぐりましたね。スロットのコインが出る感じをケンシロウの「アタタタタ!」につなげてるのなんか最高のアイデアですよ。あんなそう快感はない! その気持ちを曲に出したんです。


■ということは、スロットやってて曲のアイデアが浮かぶことも?

SEAMO:ありますね。ルパンも昔から曲にしたいとは思ってたけど、スロットでルパンをやってて、やっぱり曲にするべきだと思いましたからね(笑)。それに、「北斗の拳」ってメガヒットした機種だったんで、それにまつわるドラマもあるんですよ。台の取り合いでケンカが起きたり、朝並んでも台が取れなくて、そこで友だちができたり。大逆転もあれば、大負けして死のうかと思ったこともあったし(笑)。


■男のロマンが詰まってますねー。今もけっこう行ってます?

SEAMO:今は忙しくて並んだりはできないですね。でも、ちょっと前までは、バリバリ現役でしたよ。『マタアイマショウ』が、初日のデイリーチャートでトップ10に入ったって電話を、パチンコ屋で聞いたのは覚えてます(笑)。


■SEAMOさんのライフスタイルと音楽が直結していることが、今のエピソードからもバッチリ伝わってきました。

■ではここで話題を変えましょう。昨年の大ブレイクを経て、変化したことってありますか?

SEAMO:音楽に対する姿勢としては、作品ごとのクオリティーや精神のぶち込み方は変わらないけど、より多くの人が聴いてくれるから、自分の言葉の責任感は重くなりましたね。あと今は、オーバーグラウンドの仕事ばかりで、クラブ行く機会も減ってるけど、今でも、毎週日曜に自分のイベントはやってるんですよ。そこでクラブの空気は吸ってるんです。そういうことを忘れちゃいけないなって。


■気持ちのなかでは、ステイ・アンダーグラウンドだと。

SEAMO:それもあります。それがなくなったらストリートアーティストじゃなくなると思ってるんです。もちろんヒップホップは大好きだけど、僕自身はヒップホップにカテゴライズされるかどうか、今は興味がないんです。ただ、クラブアーティストであることに対しては誇りを持ちたい。そのシーンのなかでホントにやってきたわけだから。上のヤツを食ってやろうとマイク1本で行ったこともある。ことあらば脱いでパフォーマンスしてきたことも誇りに思ってる。あの空気感は絶対忘れたくない。あと、今のメジャーのフィールドからも得ることはいっぱいある。来てみないとわからなかったすごい世界が存在してるんです。僕はその両方を見られてるので、アンダーグラウンドでもメジャーでも吸収できるものはして、それをより自分に生かしていきたいですね。


■では、名古屋のヒップホップシーンの“塾長”と慕われるSEAMOさんから見て、今のヒップホップの若いアーティストたちには、どんな思いを持ってます?

SEAMO:正直、僕がヒップホップ全体を代弁するというのは恐れ多くてできないですけど、ただ、僕に近いポップフィールドの若いヤツに言いたいのは「メロディーのついたヒップホップに対して胸を張ってやれ。そしたらハードコア(ヒップホップ)やロックのとこでやって度胸つけてこい、一発殴られてこい」って(笑)。


■おぉ、でもアンダーグラウンド・シーンってそういう厳しい面もありますからね。

SEAMO:僕も実際に怖い所も通ってきてるんですよ。名古屋ってそういう土地だから。でもそれは貴重な経験でしたね。


■やはり、何事も経験は大事だと。

SEAMO:そうなんです。「お前らのライブに鬼気迫るものがないのは、経験が足りないからだ」って言ってますよ。自分らの域でしかデカい顔できないヤツなんか弱いですよ。やっぱり、どんなジャンルのアーティストでも、すごいパフォーマンスができる人は、だれもが見てくれるんです。今も名古屋で、僕を煙たく思うヤツもいるかもしれない。でも一方で「アイツはアイツでやったよね」って認めてくれてるのは、やりきったってところを見てくれてるからだと思うんです。そうやってくと、結果はついてくると思うんですよね。もしかしたら、そういう僕の今が、実はヒップホップなのかなって思ったりしてますね。


■海外のラッパーも、それを実践して支持されてるわけですからね。それにSEAMOさんの将来の夢は、ウータン・クランの“ウー・マンション”(※編集部注)のごとく、仲間が集結する“シー・マンション”ですからね。

SEAMO:そうです! やっぱりヒップホップのすばらしいところって、リスペクト、フックアップの精神なんですよね。それって、ほかのジャンルにはあまりないことだし。だから僕も、それを後輩や仲間に還元していきたいんです。あとメジャーのシーンでも、どんどんいろんな人とからんでいきたいし。それでオレは名古屋の地を誇って、東京に負けないように、地元のシーンを大きくしていきたいんです。

※編集部注 / スタジオなどの設備を整えたウータン・クラン所有の建物


■今年の夏にフェスを計画してるそうですが、そことつながりそうな話ですね。

SEAMO:今って、全国にご当地のフェスってあるけど、名古屋イコールの野外フェスってないんです。それを、自分らなりに作れればなって。全国から大物を呼ぶんじゃなく、東海地区のヤツらだけでまとめられて、ほかのフェスと同じくらい全国の人が名古屋に集まって盛り上がったら痛快ですよね。自分たちの土地をレペゼン(代表)して盛り上げていく、それこそヒップホップだなって。それが継続していって、最終的に自分の手から離れてもいいと思ってるんです。地元のものになればって。それを頑張ってやりたいと思ってます。


■あと、大ブレイクを受けて、実際のところ不安ってありますか?

SEAMO:ギャグで「あとは落ちるだけです」って言うけど、でもリアルな意見ですよね(笑)。そこと常に戦ってます。確かに不安はあるけど、でも、今までやってきた経験から間違いなくわかるのは、足を踏み外すのはやっぱり自分を見失ったからだと思うんです。僕は、バラエティーの仕事も来るし興味もあるけど、でも今は違う。良い音楽を作る、良いライブをやる、これに終始してれば間違えることはないって思ってるんです。あれこれやって、曲のクオリティーが落ちたら意味がないですからね。


■自分のいちばん大事なものを忘れちゃいけないと。それはだれにでも当てはまることですね。

SEAMO:あと、今リアルに体力は気にしてます(笑)。昔は、のどが強いと思ってたけど、今は過酷なとこでせめぎあうと、良い音が出なくなってきてたりするし。スポーツのベテラン選手と一緒で、体のケアと体力作りは必要だと思ってます。どんなジャンルの先輩方でも、そうやってる人は、年とっても良い声してますよね。


■ミック・ジャガーなんか、60過ぎてるのに歌いながらステージ突っ走ってますからすごいですよね。では最後に、今年の目標を聞かせてください。

SEAMO:さっきのフェスと、あと当たり前のことだけど、しっかりアルバムを出すと。あと、今年はアリーナクラスを一発やりたいです。やっぱり、ヒップホップでアリーナクラスをやれる人って数えるくらいだし。僕も、早くそこに飛び込みたいんです。そしたら若いヤツらを呼んで、「お前ら見てろ。ここだぞいちばん上は」っていうのを見せたいですね。


■まさに、名古屋在住の全国区ヒップホップアーティストの心意気ですね。

SEAMO:で、何万人のとこでもやりつつ、200人のクラブでもやれる感覚を身につけたい。なぜかというと、音が良い悪いに関係なく、その場の環境でやれるタフさって絶対必要だと思ってるんです。どんな状況でもマイク1本で打開できるのが、ヒップホップの強みだし。それをできる人、できない人で、どっちがすごいかといったら一目りょう然ですよね。それでこそ、ストリートアーティストだと思ってるんで。

2007年12月1日土曜日

interview with - 安室奈美恵

 今、安室奈美恵が絶好調だ。2007年第1弾シングル『Baby Don't Cry』がロングセールスを記録し、最新シングル『FUNKY TOWN』も大ヒット。ファンキーでエッジー、だけどばっちりポップな安室奈美恵の新たな魅力に、さらなるファンも急増中だ。そんな好状況のもと、前作 『Queen of Hip Pop』から2年ぶりとなる待望のニューアルバム『PLAY』が完成した。脇を固めるのは、T.Kura+michico、Nao'ymtという、ここ数年来、安室サウンドを支えてきた強力なクリエイター陣2組。驚くほど挑発的なジャケットも超話題の、セクシーでクールな安室奈美恵の最新ポップワールドの謎を探る!


■タイトルも『PLAY』ですし、ジャケットもかなり挑発的。やはり今回はサウンドもイメージも、“新たに攻めていこう”っていう気分だったんでしょうか?

安室:そういう気持ちって、アルバムを作るたびに毎回あるんですよ。また何か違ったことができればいいなとか、冒険できればいいなとか。ア ルバムはやりたいことが大胆になれるから、楽曲も自然とそうなってきたりしますしね。今回のアルバムの場合、『FUNKY TOWN』ができたあとから、“こんな方向性がいいかな”って感じで『HIDE & SEEK』とか濃い曲が一気に増えて、(方向性が)決まっていったんですよね。


■じゃ、『FUNKY TOWN』がキーになった、と。

安室:ですね。あと、もうすぐ30才になるので、30代のキラキラ感だったり、遊び方だったり、余裕の出し方だったりを表現した、大人っぽいアルバムにしたいなっていうのもちょっとあって。


■大人とはいっても丸くなるのではなくて……。

安室:うん、そうですね。やっぱり丸くはなりたくないなっていうのはあって。丸くなるにしても、とがった部分って安室奈美恵には必要だと思うんですよ。だから、丸くなる部分もありつつ、いろんなとこでとがった部分も残しつつっていう。


■30才になることって、けっこう気になります?

安室:少し前はわりと気にしちゃってましたね(笑)。28才ぐらいから、どうやって30才を迎えようって。20才のときは早く大人になりたかったんですけど、結局やってることも気持ち的にも別に何も変わんなかったなって。


■なっちゃえばラクというか、長い人生のなかでもっとも充実した年代なんでしょうけどね、30代って。

安室:そうですよね。だから、どれだけ楽しめるかがテーマっていうか。10代のときも、20代のときも、ちょっと背伸びして歌ってたのが、 今は自分のままで歌えるというか。自立した強い感じの女性像も、ナチュラルなままの女性像も、今のままの自分で表現できるし。あおったりする感じも今だか らできるし、聴いてる人にも自然に伝わるんだろうなって思うんです。前だったらきっとあおりきれてなかった部分も、今ならおもしろおかしくあおったりでき るんだろうなって。そういうことが音楽のなかで楽しく遊んだり、表現できればいいなって思いますね。


■『PLAY』収録のラブソングの場合、恋愛の主導権を握ってるのはほぼ女性側ですよね。それって大人の女性だからこその特権というか。若いうちはどうしても男性に振り回されがちでしょ?

安室:あとはどっちが好きか、ですよね。私はどっちだろうなぁ~? ……振り回されるのがいいですよね(笑)。


■そういう恋愛話って、作詞担当のmichicoさんともされます?

安室:時々は。でもmichicoさんって、すごい私を観察してるんですよ(笑)。例えばmichicoさんが、“これいいだろうな”って いう曲に私がイメージがわかないときとか、“普段は無口であんまりしゃべらないコなのに、曲が来た時点でイメージが違ったらノーって主張するんだな”って 感じで。音選びから私の考えを見られてるっていうか。


■だからmichicoさんの詞と安室奈美恵さんの歌声って、すごくいい具合に反応し合うのかもしれない。

安室:michicoさんの世界観はホント、好きですね。彼女の書く詞って、こんなふうに歌ったらカッコイイだろうなとか、こんな衣装で歌 いたいなとかっていうイメージが次々と浮かんできて(楽曲の世界に)入りやすいんですよ。(楽曲のビジュアルイメージが)浮かばない曲はレコーディングの ときに選ばなかったりするから。


■今回はどの曲がいちばんイメージ的にガンと来ました?

安室:あ、『HELLO』は来ましたね。だから『HIDE & SEEK』も押し曲としてスタッフもみんな押してたんですけど、私は『HELLO』も映像がすごく浮かんでたので、この曲も押し曲としてどうしてもミュー ジックビデオを撮りたくて。ビデオにしたときも絶対カッコ良くなる曲だと思ったので、(イメージどおりの)ビデオが作れて良かったなって。

■今回『FUNKY TOWN』や『HELLO』、『HIDE & SEEK』のミュージックビデオのほか、初回盤の特典映像として安室さんが声優に初挑戦した「The World of GOLDEN EGGS」も収録されているんですよね。

安室:「The World of GOLDEN EGGS」は、前からMTVで見て気になってたんですよ。で、あるとき、T.KuraさんがおもしろいDVDがあるって言って持ってきたのもそのアニメ で。それでみんなで、「The World of GOLDEN EGGS」のなかにGUSHIケンバンドっていうのが出てくるから、沖縄つながりでそこに私が入るのっておもしろいねって話になって。それで 「The World of GOLDEN EGGS」の制作の方に提案してみたら参加させてもらえることになって……。


■そのGUSHIケンバンドでは歌も歌ってますよね。

安室:そうなんです。アルバムの曲をmichicoさんの家の2階の自宅スタジオでレコーディングしてるときに、完成した「The World of GOLDEN EGGS」の映像をスタッフが下で見てて。歌入れをしてたら、下の階からみんなのすごい笑い声が聞こえるんですよ。アルバムに笑い声入っちゃうよ、ってぐ らい。


■え!? アルバムのレコーディングって、そんなアットホームな雰囲気のなかでやってるんですか?

安室:そうなんです。michicoさんの曲は全部自宅スタジオでレコーディングなんで、わりと自分の家みたいな雰囲気なんですよ。


■意外! 自宅スタジオでレコーディングといえば、チープ感やミニマム感が出そうなものなのに、全然そんな仕上がりじゃないから。

安室:ねぇ? T.Kuraさんのマジックがあるんでしょうね。


■そのT.Kuraさん+michicoさんチームと、Nao'ymtさん。今回のアルバムの制作陣はその2組だけだそうですが、ここ最近の安室奈美恵さんにとってこの2組は、まさに気心の知れたチームですよね?

安室:でも、それも初めから決まってたわけじゃないんですよ。ほかの方の楽曲も聴かせてもらってたんですけど、やっぱりどうしても耳に残る のが、T.Kuraさん+michicoさんとNao'ymtさんの曲だったんです。で、アルバムの3分の2ぐらいの曲を録り終えたときに、2組の楽曲し か入ってないんだけど、みたいな(笑)。でも、いいんじゃない? 今回はもうそれでいこうよ、みたいな。


■ここ2~3年いろんな方とコラボしてみたけど、結局この2組が今の気分にいちばんしっくり来た、と。

安室:そうそう。『Queen of Hip Pop』 まではいろんな方にお願いしてましたからね。でも、気が合った仲間たちと作ったってとこでも、妥協のないアルバムになりましたね。時間がないからこの曲 は……とか、そういうのが1曲ぐらいはあったりもするんですが。いつもそれがすごいイヤだったんですけど、今回はそれがないですね。もちろん今回も時間的 にはかなりギリギリでしたけどね(笑)。


■そんな妥協なき今作は、安室奈美恵さんにとって20代最後のアルバムにもなるわけですよね。

安室:はいっ(と言って、右手の親指を立てて小さくポーズ)。“20代最後の挑発、いっとくか?”みたいな(笑)。ツアー中に30才を迎えますけどね。


■8月からの全国ツアー“namie amuro PLAY tour2007”はどんな感じになりそうですか?

安室:大人っぽいツアーにしたいですね。アルバムのイメージを壊さない感じでいきたいなって。しかも、今回のツアーは4~5か月の間に53本もあるんですよね。


■本数も多いし、かなりの長丁場。毎回、特にツアーに向けて体力作りはしないって話ですが……。

安室:去年もしましたけど、今年はね、します!「ビリーズブートキャンプ」のDVDで(笑)。どんだけ「ビリー」がすごいのかっていうのを 体験してみます。去年購入したままほったらかしてたんですけど(笑)、知り合いのダンサーさんが試したら、2日ですごい筋肉痛になって、3日目でやめた いって言い出して。筋力も体力もあって、毎日運動してる人がそんなこと言うなんて、と思って。でも5~6日目からラクになるらしいから、私もちょっとやっ てみようかなって。なので、今年のツアーは「ビリーズブートキャンプ」で乗り切ります!

2007年11月30日金曜日

interview with RIP SLYME

前作『EPOCH』から約1年ぶりに、待望の6thアルバム『FUNFAIR』がいよいよリリースされる。“移動遊園 地”との意味を持つ今作は、まさに遊園地に一歩足を踏み入れると誰もが童心に戻り、無邪気に楽しむことができる、ワクワク度120%の作品となっている。 それにしても、RIP SLYMEの遊園地には、さまざまなアトラクションが満載! ヒップホップを基軸にしつつも、一括りではカテゴライズできないジャンルレスな15曲、15 個のアトラクションが収録されており、いい意味で、今作は前作以上に雑多な感じ、バラエティ色がより色濃くなったアルバム作品といえるだろう。今回はメン バーを代表して、PESとRYO-Zの2人にインタビュー。これぞエンターティナーな、息のあった2人の爆笑トークをお楽しみあれ。

■アルバムを聴き終えて、まず思ったのが改めてRIP SLYMEすごいなと。

RYO-Z・PES:いやいやいやいや。とんでもございません。

■そんな謙虚な。とにかく聴いていて心地よかったというのが、素直な感想なんですけど。今作の制作は、いつぐらいから取り掛かられていたんですか?

PES:4月ぐらいからちょろちょろっと動きはじめて、夏には大体出来上がってましたね。

RYO-Z:今回は通常よりも立ち上げが早かっただけに、締め切りも早かったんですよ。でも、それを可能な限り伸ばしていって。で、結局、ギリギリになったんですけどね(笑)。

■でも、そこまで早い進行って珍しくないですか?

PES:この夏に出したシングルの「熱帯夜」は、昨年のタイミングでできていたし、アルバム曲の「I・N・G」なんか も、昨年の「ブロウ」というシングルのときだし、「Tales」も12月ぐらいに作った曲で。すでに今年始まった時点で3曲が出来上がっていたから、後は イメージ固めぐらいで。

RYO-Z:アルバムタイトルの『FUNFAIR』も、早い段階でDJ FUMIYA君が遊園地っていうワードを出してきたんで、それに乗っかって、じゃあ、“移動遊園地=『FUNFAIR』”にしようかと。作るうえでの指針 として、そういうのがあると早いですよね。そこから逸脱しないように向かっていけますから。

■まさにタイトルの『FUNFAIR』は、RIP SLYMEを象徴するタイトルですね。バラエティに富んだ選曲、構成になってますし。

RYO-Z:でも、実際「ジェットコースター」とか「メリーゴーランド」っていう曲があるわけではないんですけど(笑)。1枚聴いたムードがそういう風に感じてもらえるようにと思って。

PES:最初の頃は、アッパーなテンポのものが多かったので、スローな曲も入れようと、それぞれ作ってこようよという話になったら、そのあとのミーティングで、案の定スローな曲ばかりになって(笑)。

RYO-Z:まさにシーソーゲームだね(笑)。今回は見極め的なことも逆に早い段階で、ジャッジも淘汰されていって。で、かなりたくましい、強い曲たちが残っていき、それらがギュッと詰まったのがこのアルバムと。

PES:最終的に、いろんな楽曲がバランスよく入ったよね。でも、相変わらず前のアルバムから入れようって入らなかった曲があって。

RYO-Z:あ~~! あれは手出しちゃいけないね。

PES:パンドラだね(笑)。

RYO-Z:いっそのこと「パンドラ」って曲名にしたいぐらいだね(笑)。

■入らなかった理由はどうして? 個性が強すぎるとか?

PES:トラック力も結構あるし、悪くはないんだけど、今回も残念ながら落選で。でも、ほっといたら危ないから、できるだけ早く出したほうがいいんだけどさ(笑)。

PES:でも、もしかしたらワインみたいに熟成される曲かもしれないし。

RYO-Z:いい感じのビンテージ感が。作ったのは2006年だから、ボジョレーヌーボだったら、今頃飲み頃なんだけどね(笑)。

■また今作は曲順も絶妙ですよね。もう、はじまりから一気に世界に引き込まれていって、思い切りアトラクションを楽しんで、最後はちょっと切なさも感じられるという。起承転結がハッキリしていて。

RYO-Z:実は最初は、イントロダクションも6パターンぐらいあって。そこから強い2パターンに絞られて、で、結構僕 とPES君はもう1つのほうがいいんじゃないの? って言っていたんだけど、いろいろ話し合って、これに落ち着いて、結果よかったなと。もう一個は、 ちょっと怖い感じだったんだよね。華やかさはどっちもあったんだけど、CD壊れたんじゃない? っていう、ガチャガチャガチャってなるシーケンスだったん で、オープニングから混乱を呼ぶんじゃないかということで、最終的に聞きやすさをとったという。

■今作はそういう意味では、スリリングな楽曲も多いですね。ちなみに楽曲ごとにみなさんがイメージしてるアトラクションみたいなものって、あったりするんですか?

PES:これは何ニーランドの何ブの海賊とか、何ラッシュマウンテンとか。何急ハイランドとか(笑)。

RYO-Z:何ニーランドって(笑)。

PES:最初は乗り物っぽいとか、これはなんであれはなんでってなんていうのもあったけど、“遊園地”ってテーマの時点で、「熱帯夜」「I・N・G」「Tales」の3曲が出来てたんで、そんなにアトラクションにしばられることもないだろうって。

■今作にはモンパチ(MONGOL800)さんとのコラボ作品「Remember」も収録されていたりと、アルバムならではの面白い試みも、たくさんなされていますね。

RYO-Z:ILMARI君がモンパチのメンバーと仲良くなって、「何かやれたらいいね~」的な感じで、2人でデモテー プを作ったりしてたんですよ。で、それを俺らにも聴かせてくれって、フライング気味で聴いてみたらこれはいいぞ、ぜひアルバムに! みたいな。それでモン パチのメンバーに東京にきてもらって、駆け足で作っていって。

PES:あと、今回は初めてフィメールのラッパーの子とか、RIPじゃない人たちが作った曲も混ざっていたりして。俺たち自身もフレッシュな感覚を味わえたし、聴いている人も新鮮じゃないかと。俺たちらしくて俺たちらしくない、俺たちらしくないのに俺たちらしいみたいな。

■ちなみにモンパチさんが東京にきたときは、みなさんでおもてなしをされたんですか?

PES:おもてなしをしようと思ったら、すぐ清作くんにもてなされました(笑)。

RYO-Z:清作くんのほうが東京事情に詳しくて。面目ない感じでしたね(笑)。

PES:おっしゃれ~なバーに連れて行ってもらってね、清作くんはこんなところでお酒飲んでるんかい? 

RYO-Z:いいね~。僕らもこれからそうしようって。

PES:名刺なんかもらってきちゃったりして(笑)。

■皆さんこそオシャレなバーや、芸能人御用達の隠れ家みたいな店に行かれてそうなイメージがありますけど。

PES・RYO-Z:いやいやいや。

PES:僕は最近、もっぱら家飲みなんですけど。芸能人がたくさんいるお店なんて行ってみたいもんだね~。

RYO-Z:触れてみたいもんだね~。できれば写真を1枚!(笑)。

PES:本当だよ。この間、勝どき橋にあるデニーズに行ったとき、このデニーズおしゃれだねって言ってたぐらいだからね(笑)。

RYO-Z:僕らはデニーズレベルだからね(笑)。おかわりコーヒーだけで何時間もねばりますからね(笑)。

■いい意味で、バリエーション豊富な料理があるデニーズと今作、RIP SLYMEの楽曲って共通するものがあるんじゃないかと。誰もが気軽に楽しめるという部分でも。今やトップアーティストのみなさんにも関わらず、そういう感覚を今でも持ちあわせているところが、素敵だなと思いますよ。

RYO-Z:まあ、言ってもワインは飲みますけど(笑)。

PES:RYO-Z君おしゃれやね~。やるね~。

RYO-Z:でも、そのワインはコンビニで買ってくるんだけどね(笑)。田崎真也コレクションはおすすめ! ほんとトップアーティストの仲間入り果たしたい! なのに、なかなかどうして。

PES:ギリギリぶっちぎらないところにいるのが、俺らだよね(笑)。

RYO-Z:結局飲みも5人で集まっちゃったりして(笑)。まさにそれを重ねて、このアルバムですから! 酒と男と女と遊園地ですから!(笑)。

■でも、そうはいっても、ラグジュアリー感、おしゃれ感がちゃんとある、親しみやってやすいんだけど、下町の遊園地って感じとは違うかなと。

RYO-Z:僕、完全に下町生まれ、下町育ちなんで。セレブっぽい奴、友達にいないですし(笑)。

PES:いてもただの顔見知り(笑)。まあ、「熱帯夜」のPVとか、「I・N・G」でネクタイなんかしめちゃったりして、エグゼクティブなムードを出しちゃったりはしてるけど。

RYO-Z:それはあるね。でもさ、毎回そうだけど、今みたいな出来立てほやほや期って比較的、まだまだあれやれたら、この曲こうできたのにな、っていうのがあるじゃん。で、しばらくしてライブとか、こうしたインタビューを通して、曲がどんどん自分たちのものになっていって、曲に対する解釈も深まっていくんだけど、今回のアルバムは、出来立てほやほや期の今の段階でも、すでにみんなのうなずきが“う~ん”ってすごく大きいんだよね。まあ、時間かけて作った甲斐があるのかなと。

■現時点で、みなさんにとって今作は最高傑作だと。

RYO-Z:「ハイ!」とここは言い切っときましょう。でも、前のアルバムの立場いつも考えちゃうんですけどね(笑)。

PES:末っ子は一番かわいいからね(笑)。

RYO-Z:いいね~その表現。まあ、どの子もかわいいことには変わりないんだけど。

PES:でも、唯一長男だけは…

RYO-Z:断然出来悪いな(笑)。

■でも、今作は今のみなさんの愛情をたっぷりと受けて…

RYO-Z:すくすくと。

PES:正味、一番金もかけて育ててますからね(笑)。

RYO-Z:手塩にかけて。ビールを混ぜて、おいしいお肉に仕上げました。

PES:牛かいな(笑)。

■相変わらず音を楽しんでいるなっていうのが、今作からも伝わってきたのですが。音楽を作る作業って、産みの苦しみがある人が多いと思うんですけど、今回はいかがでしたか?

PES:多少はありましたけど、今回は比較的安産でしたね。まあ、早くから力んだからね(笑)。いつもは時間に追われて、スケジュールを先に決めてから、アルバム作業に取り掛かるんだけど、今回はかなり前から準備してたこともあって、結構同時進行でいけたというか。とはいっても、最後はギリギリだったけどね。

■詰めの段階、最終作業で時間がかかったと?

PES:ずっとダラダラしていたのが、最後の一週間で一気にどうにかしようと。夏休み(の宿題)と一緒ですよ(笑)。

RYO-Z:俺なんて始業式から(宿題)スタートしたからね(笑)。夏休みは寝なくていいし、いつ起きてもいいし。そのころからずっと無計画な生きかたしてるな、俺(笑)。

■メンバーみなさん無計画派だったりするんですか?

RYO-Z:メンバーもみんなそんな感じじゃない?

PES:だね。

RYO-Z:でも、俺、結婚してるのに無計画はまずいよな(笑)。

PES:そうだよ。俺は無計画と豪語しても、誰にも迷惑かかんないからいいけど。

RYO-Z:家族計画っていうもんな~(しみじみ)。改めないとな。

PES:これから、これから。でもさ、前作に比べると、今回はみんなでミーティングしたりとか、コミュニケーションを密にとって、次に何をしようとか、計画性が若干出てきたよね。

■ちなみにつねに先陣きって提案されたり、召集される方はいらっしゃるんですか?

PES:そのつどそのつど、だよね。

RYO-Z:気づいた人が、これやっといたほうがいいんじゃねえって。

PES:例えば、SUさんだったらライブのことだったり、DJ FUMIYAだったら音的なこととか。今回は特にいい感じで、分業が進んでいたよね。

RYO-Z:よりほったらかし関係になってたよね。とにかく任せたことに関しては、根拠のない反論はしないという。

PES:「これ、何か嫌だじゃ」許さないよね(笑)。

■暗黙のルールみたいな(笑)。

RYO-Z:それはあったね。このアルバムを聴いた人も、とにかく根拠のない反論だけは許しませんので(笑)。まあ、無理に聴いてくださいとは言わないですけど、一回耳にしてくれたら、楽しめるんじゃないかと。

PES:あんま深く考えず、気軽に聴いて、自由に楽しんでもらえたらと思います。

2007年11月29日木曜日

interview with - Dragon Ash

パンク、ハードコア、ヒップホップ、ドラムンベース、エレクトロニカ、ラテンなどなど。さまざまな音楽要素を飲み込みながら、アルバムごとにガラリとそのサウンドを進化させてきたDragon Ash。ダブルミリオンを記録した1999年のアルバム『Viva La Revolution』で大きな注目を集めたときも、メディアへの露出は最低限。そんな独自のスタイルを貫き、音楽的にもスタンス的にも、常にオルタナティブな道を歩み続けてきた彼ら。2007年、デビュー10周年の記念すべき年に完成した7作目のアルバム『INDEPENDIENTE』。スペイン語で“孤高”を意味するタイトルが付けられたその作品は、まさにこの10年の歩みなくしては完成しなかった1枚だ。


■Dragon Ashは今年でデビュー10周年を迎えるわけですが、当初はKj+桜井誠+IKUZONEの3ピースバンドとしてスタートしたんですよね。

Kj:そうですね。もっと前はサク(桜井)とおれと、女の子がベースをやってたんですけど。で、いろいろあってサクとおれのふたりでドラムンベース(ドラム+ベース)になって。で、IKUZONEがベースで入って、(自分が)ギター&ボーカルをやることになって……。


■その後も、アルバムごとにサウンドやスタイルを発展させながら、7人編成のバンドとなる現在に至るわけで。そんな10年のなかで、“正直このときはピンチだった”っていう瞬間はありましたか? はたから見てると、『HARVEST』が出る前の時期がそうだった気がするんですけどね。ちょうど土下座の看板(※編集部注)のころとか。

桜井:あ~、懐かしいね(笑)。それより何より、『陽はまたのぼりくりかえす』を出して売れなかったら、“じゃあもう辞めよっか”って話になってたよね。

Kj:そうだよね。あっちのほうが全然ピンチだよね。完全に解散方向だったからね。あのときは危なかった、マジで(笑)。『Buzz Songs』がある程度売れたっていうか、一定のラインを超えたので、良かったっていうか。


■そういえば、『陽はまたのぼりくりかえす』を出してすぐぐらいのときに、それまで「ライブはキライ」って言ってたKjが、「初めてライブが楽しいと思った」って言ってたのを覚えてますね~。

Kj:ああ~。仙台のライブだったかな? あれ、普通に公園でやってる“祭り”だったんだよね(一同爆笑)。

桜井:大阪のライブでは『六甲おろし』のSEで出て、ドン引きされたからね(笑)。あのころ、“ブラボーナイト”ってイベントではもう、ダントツで人気なかったし(一同爆笑)。

Kj:いやもう、マジ任せてよ(笑)。“ブラボー~”はvol.3ぐらいまで出たからね。みんな卒業していくのにずっといっから(笑)。「またDragonいるなぁ」って(爆笑)。


※編集部注:『LILY OF DA VALLEY』(2001年)から、『HARVEST』(2003年)の間にリリースされる予定だった新作が完成せず、メンバー全員が謝罪の土下座をする巨大なビルボードが渋谷の駅前に登場した。

■ここまでの話からすると、やはりバンドのターニングポイントとなった作品といえば……。

Kj:やっぱり『Buzz songs』じゃないですかね。あと、『HARVEST』 かな。曲の作り方とかフォーマットとか、(今も)ベースにあるのは『Buzz songs』のときの感じだし。ライブで共感できるようになる曲をやり出して、共感してくれる人たちが増えて、ワンマンライブで充実した時間を過ごせるよ うになってきて。そのころからBOTSくんもバンドに参加するようになったし。いろんなことがあそこから良いふうに転がったっていうか。


■初期Dragon Ashのサウンドフォーマットが完成した1枚であり、今も多くのフォロワーが生まれ続けてる1枚でもありますしね。

Kj:うれしいことですよね。


■そんなふうに進化しながら歩んできたDragon Ashですが、日本の音楽シーンにおいてどういうスタンスにいると自分たちではとらえていますか?

DRI-V:同じようなバンドがいないっていうところで言えば、やっぱり特別なバンドだと思いますけどね。

ATSUSHI:純粋に、飽くなき追求をし続けてるバンドなんじゃないでしょうかね。(音楽性やスタイルは)いろいろ変わってきたと思うんですけど、Dragon Ashとしての太い柱は変わってないっていうか。

HIROKI:おれはもともとバンドに入る前から、カッコいいっていうか、日本の音楽シーンのなかでも、ハイクオリティーな音楽を作ってるバンドだなぁって思ってはいましたけどね。

BOTS:まぁ、 日本のチャート番組とかに出てくる人たちに比べて、テレビに出てないとか、露出が少ないっていうところでは、やっぱ異質なイメージがあるかもね。でも チャートの上位にいる人たちのなかにも、クリエイティブな志を持ってやってる人は超いっぱいいると思うし……。でもおれが思うDragon Ashの、主に降谷建志の作る曲のいいところは、日本人がやるとけっこうダサくなっちゃいがちなところを、すごくスマートに、カッコ良く、聴きやすくする 感じじゃないかなぁって。だから(露出が少なくても楽曲が)チャートに入ってくるんじゃないかなぁって思うんだよね。

桜井:紅白も出たことないしね(笑)。『Viva La Revolution』 が売れて、わりとあれはメディアが持ち上げて、みたいなとこがあったじゃないですか。別におれらが(積極的にメディアに)出たわけじゃなくて、結果的にあ あいう形になったと思うんですけど。でもそのあとも全然テレビとかにも出ないし、「何なの、この人たちは」みたいな。親からもそう言われ(一同爆笑)。だ からいまだに、「ヒップホップっぽいことやってる人たちでしょ?」って言われたりもするし。そのわりには、チャートとかをとおして一般リスナーの耳にも (新曲が)入ってたりして。まぁ、それはそれでいいんじゃないかと思いますけどね。


■そして、ついに7作目のアルバム『INDEPENDIENTE』が完成しましたね。今作でも、前作『Rio de Emocion』からの流れを感じる“ラテン”の要素が大きな役割を果たしていると思うのですが。

IKUZONE:別にこちとらラテンの血なんて流れちゃござんせんってことなんだけど(笑)、(演奏してても)イイなって思うから、自然と そうなったってことなんだろうね。リズム隊としては、求められるものは相当シビアではあるんだけど。でもそれはそれで別に毎度のことなんで、楽しんでやっ てますからね。

桜井:だってさ、アレンジとかは違うけど、昔の曲とかとけっこう共通点はある感じがするんだよね。使ってる楽器とかによってカラーがラテンとかに寄ってるだけであって。芯(しん)はそんなに変わってないんじゃないのって。

Kj:まぁでも、メロっぽい(メロディが立ってる)感じは確実にするよね。シングルほどじゃないし、もっとリズムを強調してるとは思うけど。


■“歌”が映える曲が多いですもんね。

BOTS:あと、『Rio de Emocion』以降、音が有機的になってきてると思うんだよね。


■てことは、音の質感的には『Rio de Emocion』である程度の基盤ができていたっていうことなんですかね?

BOTS:今回に関してはね。


■そういう意味でも『INDEPENDIENTE』は『Rio de Emocion』の延長線上にあるアルバムだとして、作り手として前作以上に飛躍したと思う点はどこですか?

桜井:それはもうね、アルバム買って聴き比べてもうらうのがいちばんですよね。決定的に違うからね(笑)。

BOTS:度肝を抜かれるからね(笑)。

ATSUSHI:覚悟しといたほうがいいと思うよ。


■ちなみに今回、前作にも参加されていた武田真治さんがサックスで、新たにフィーチャリングでケツメイシの大蔵さんが参加されてますよね。

Kj:今回ゲストはそのふたりだけですね。それ以上のフィーチャリングは(時間的に)できないっていう感じだったから。いやもう、全然アイデアもいっぱいあるし、いろいろやりたいとは思ってたし、思ってるけど、(時間的に)限界でしたね。


■それなら、ぜひそれを次のアルバムで実現してもらいたいところなのですが……。

Kj:うん、そうッスね。


■そして、そこへ続くDragon Ashの“今後”が、なるべく近いうちにスタートするといいなぁって思いますけどね。

Kj:それはどうでしょうね。それはちょっと、軽率な発言はできないなって感じですねぇ。


Dragon Ashの“今”が反映されている点ではもちろんですが、『INDEPENDIENTE』は、日本のポピュラー音楽シーンにおいても、すごくハイクオリティーなアルバムだと思うんです。楽曲の構成といい、サウンドのセンスといい、もはや別格といってもいいぐらいに。

Kj:おお~っ。うれしい。ほめられたぁ(笑)。


■ほめてます(笑)。日本のメジャーシーンにおいて、『INDEPENDIENTE』=“孤高”の存在だなと改めて思える1枚というか。

BOTS:あれぇ~。

Kj:おおっ、すげー。おれ、マジやってて良かったぁ~。なぁ? サク! いや、マジでやってて良かったなぁ? デビュー前に切られそうになってたからなぁ(一同大爆笑)。

桜井:ギリギリ土俵際でしたからね。

Kj:おれはもう、「サクとでなきゃやれない」っつって。

桜井:ほんと、ヤバかったです(笑)。


■そんなことも乗り越えてきたからこそ今のDragon Ashがある、と(笑)。ところで、3月からは待望の全国ツアー「Dragon Ash Tour~DEVELOP THE MUSIC~」がスタートしますよね。久々のツアーはどんな内容になりそうですか?

桜井:うちのバンドは、アルバムを出すと(その際のツアーでは)ほぼアルバムの曲を全部やるというスタイルを貫いておりますので、また新し い形で(新曲を)お届けするという感じじゃないでしょうか。詳しくは見てのお楽しみですが。まぁ、そこらへんの意気込みはもう、うちの代表の千葉(DRI -V)から。

Kj:広報の千葉から……(小声で)猪(ちょ)突?

BOTS:ほら、今年はイノシシ年だし、(小声で)猪(ちょ)突猛……。

DRI-V:猛……“千葉”?

BOT今すぐ保存S:はい、猪(ちょ)突猛“千葉”いただきました! ということで、今年は猪(ちょ)突猛“千葉”の勢いで頑張っていきます。Dragon Ashでした~。

桜井:猪(ちょ)突猛“千葉”っつったら本当に行きたくなってくるよね!

Kj:間違いなくみんな来るよ(笑)。

2007年11月28日水曜日

interview with - B'z

 実績の積み重ねでゆっくりと成熟しながらも、常に未来を力強く切り開いていく、目のさめるようなフレッシュネスを保ち続けているB'z。2007年9月21日より結成20周年目に突入した彼らが、16枚目となるオリジナル・ニューアルバム『ACTION』 をリリースする。名声や記録に決して寄りかかることをせず、音楽的冒険心と大いなるチャレンジ精神で次々と金字塔を打ち立ててきた彼ららしく、新作は全 17曲収録という圧巻! のフルボリューム。しかもバリエーションが豊富で、ベクトルも多彩。未来へ向けてのさらなる“攻め”のアティテュードが明確に表 れた、重厚かつ痛快な1枚だ。


■“コンセプト、テーマを立てない”というのが、B'zのアルバム制作に対する基本的なスタンスですけれども。今作はこれまで同様、新しく曲ができるたびに録っていく、という形だったのでしょうか?

松本:そうですね。去年、映画(「俺は、君のためにこそ死ににいく)」)のために『永遠の翼』を書き下ろしたところがアルバムに向けてのスタート、だったんですけれど。そこから“できた曲から順番に”という形です。ただ、今回は時間もたっぷりあったので、ゆっくりと時間をかけてやりました。

稲葉:あまりペースを詰めすぎないようにして、そのなかでコンスタントに結果を出しながら進めていった、という感じです。


■その“ゆっくり”のなかで、どのように流れや向かう所を考えながら進めていったのですか?

松本:今回は、ここ何作かでやってきたジャムセッションではなくて、東京で完ぺきにデモを作り込んでしまってロスには(楽器の)ダビングだ けに行く、というやり方に変えたんです。実は年明けに一度、何曲ぶんかのメロディーを持ってロスに行ったんですよね。で、参加してくれるミュージシャンた ちと一緒にスタジオに入ってセッションしながら曲を形にしていこう、と思っていたんですけれど……芳しい結果が出なくて。正直、ドン底に近い気分になるぐ らい結果が出なかったんです。

稲葉:ケミストリーが起きなかった、というか。たぶん、何かがかみ合ってなかったんだと思うんですけれど。

松本:で、 一度すべてをフラットにして、東京に戻ってプリプロダクション(※編集部注)からやり直したんです。そこでまず、新しい曲からトライしていって、そのあと にロスに持っていった曲から選び抜いたものを形にして。その作業を5月までやって、そこから再びロスにレコーディングのために行きました。


■リスタートしてからはスムースに?

松本:ええ。初日からもう、フルコーラスを1日で形にして、といういつものペースになって。そこからすぐ、波に乗りました。

稲葉:アレンジの段階で詞のアイデアも生まれたし。良いリスタートを切れましたね。


※編集部注 / レコーディング前に曲の構成やアレンジを詰める作業のこと


■東京での制作のなかで、フックになった楽曲というのはどの曲だったのでしょうか。

松本:『黒い青春』、『純情ACTION』……。

稲葉:『パーフェクトライフ』とかも“おもしろいな”っていう話をしながらやっていました。


■けっこうクセのある曲が挙がってきますね。それはやはり、B'z自身が今回の制作において自分たちにとって刺激のある曲を求めていた、ということの表れでもあるのでしょうか?

松本:うん、それはあるでしょうね。もう、長い間活動してきてますからね。だから今回は、曲の構成が今までのB'zとは違って、複雑という かいろんなセクションが出てくる……。そういうのはもう、ホント意識的にやっていましたから。アレンジを固めていくときにも、2番までいったらその場で違 うセクションの歌のメロディーも創ったりもしていたし。とにかく、“AメロBメロCメロ(※編集部注)を繰り返して間奏、そしてコーラスを続けて終わり” みたいなものは絶対にやりたくなかったので。


■『光芒』とか、最後にまったく色の違う大サビが出てきますし。そういうことですよね?

稲葉:はい。あのセクションは、あとから考えて作りましたから。

松本:『光芒』は、やっていくうちにどんどん大作になっていたんです。これは楽しかったですね、やっていて。あと、“シャッフルの曲がやりたいな”と思って創り始めた『HOMETOWN BOYS' MARCH』も、予想以上におもしろい展開の曲にできたと思います。


■では、再びロスに向かってからのミュージシャンたちとの作業のなかで、新しくアイデアが生まれて広がっていった楽曲というのもあったのでしょうか?

稲葉:『トラベリンメンのテーマ』ですね。最高に笑いましたよ、これは(笑)。

松本:ものすごく分厚い、“ビートルズがどのようにレコーディングしてきたか”っていうことが書かれている本があるんですけど。これがもう、エンジニアの人以外には全然おもしろくない本なんだけど(爆笑)。それをジェイ・バウムガードナー(エンジニア)が持ってきて。で、シェーン・ガラース(ドラムス)も大好きなんですよ、そういうのが。だから、この曲はその本に書いてあるリンゴ・スターの ドラムのマイキングを参考にして、ドラムのマイクの位置を決めて。しかも、ショーン・ハーレー(ベース)がまた、ヘフナーのバイオリン・ベースを持ってき て……。ですから、この曲のリズムセクションはビートルズ・スタイルで録ったんです(笑)。でも、すっごく音がいいんですよ、これ。

稲葉:スピーカーからフィードバックの音が出た瞬間、シェーン自身バカ受けしてた(笑)。でもそうやって、みんなが前向きなアイデアを持ってのぞんでいたので、ロスでのレコーディングの現場もとてもいい感じでしたね。


※編集部注 / Aメロ:歌いだしの部分、Bメロ:サビへと展開する部分、Cメロ:Bメロの次にくるメロディー


■ところで、今回のアルバムは、ギターサウンドの重めのものが比較的少ない印象を受けたのですが。全体的に軽やかというか。

松本:アルバムをとおして? いや、そうでもないと思いますけど。


■音色やフレーズはすごく繊細に響いてくるんですけれど、そのぶん重戦車級のリフものとかが……。例えば、『MONSTER』とか『BIG MACHINE』みたいなタイプのアプローチが見当たらないような気がしたんです。

稲葉:ゴンゴンゴン! ってやつですね(笑)。

松本:あぁ、なるほど。でもそれは、けっこうキャッチーに聴 こえてる、ってことじゃないですか。同じぐらいの音質で、『黒い青春』にはローがずっと入ってるし。『純情ACTION』にもけっこう重い音が入ってるん ですよね。ただ、今回はギターの録り方を変えてみましたし、アンプも僕のではなくてジェイが持ってきたのを使ったりとかもしてるので。だから、音は以前と はちょっと違いますよね。あと、アルバムをとおして“変わらなきゃ”っていう意識があったので。あまり自分だけで固まらないでとか、いろんなことにトライ してみるとか……そういう部分が表れてるんじゃないかな。


■そして、歌詞についてなんですけれども。“陰日向”でいうと、“陰”のほうで必至に生き抜いている人物が描かれたものが中心になっている印象を受けたのですが。

稲葉:それは、自分の状況がそういうふうに書かせる状況にあったからだと思うんですけれど。“光”という言葉が最初から道しるべとしてあっ たわけではないんですが、後半になって“光に向かってもがき苦しむ”とか“突き進む”“葛藤(かっとう)する”っていう場面が多いことに自分でも気がつい て。で、“光”というのが(全体的な)テーマなんだな、と。それで、それをタイトルにもしたいなと思っていたんですけど、最終的には“光に向かって何かし らのアクションを起こす”というイメージから“ACTION”という言葉がアルバムタイトルになったんですよね。だから……光に向かっている、ということ は陰にいるっていうことだから、今のその指摘はすごい正しいと思います。


■今おっしゃった“自分の状況”にあったその背景、というのは?

稲葉:それはもう、普通に話してたりニュース見てたり……そういう状態はいっぱいあるので、今だから歌うっていうことではないんですけど。 いつの時代もそうなので。それに、特に答えっていうのもないし。で、結局自分も答えをあまり提示できないので“どうしようかな”とも思ってましたし。でも 『光芒』の最後で、“結局本人は光のところに出られるかわからないんだけれど、それに向かっている姿がだれかにとっての光になればいいんじゃないか”とい う結論に達しまして。うん、そこでアルバムを作っている自分のなかで……解決じゃないですけど、ある種の結論も得られたな、って。書いてるときはそんなに 思ってなかったんですけど、できあがって聴いてその部分にくると“たしかに!”と思ったりするので。