人気アーティストの仲間入りをしても、いっさいおごることなく、常に“自分たちの居場所”を探し求めるレミオロメン。そんな彼らの新曲は『Wonderful & Beautiful』。聴き終わった瞬間、ふと自分の大切な人のことが心に浮かぶ、そんな作品だ。この季節にピッタリの、視野の広いキラキラしたアレンジが心地良く、藤巻亮太の歌声はヒートテックのように温かい。年が明ければ5か月間におよぶツアーが待っている彼らに、近況を尋ねた。
■2007年を振り返ってみて、レミオロメンにとってどんな年だったと思いますか。
藤巻:『HORIZON』 からアリーナツアーまでやった昨年は、ひとつのことに向かって突っ走った感じでしたけど、2007年に入ってからは“何のために音楽をやるのか?”とか “何を書きたいのか?”とか、それを立ち止まって考えた年でしたね。6月に3人で、1か月間スタジオにこもったんです。そのプリプロ(※編集部注)を経 て、そこから再び、地に足が着きはじめてきた気はしてますけどね。
神宮司:先のことを考えず、純粋に音楽に集中できた時期でした。あーでもないこーでもない言いながら、3人で曲を積み上げていく作業ができたし、楽しかったし、コミュニケーションもより深まったし……。
藤巻:そして夏は野外フェスにたくさん出たんですよ。対バンの方たちと一緒だから、自然と自分たちの立ち位置もわかったし、レミオロメンとして演奏するという、そのことを再び確認できた気もしましたよね。
神宮司:洋楽ファンも多いフェスとか、場所によって聴いてくれる人たちもさまざまだったし、そのあと小さなライブハウスでやったり、いろいろなことを経験したうえでシングルのレコーディングに入れたのが大きかったです。
前田:勢いでこれまで来て、実際その勢いはすごかったと思うんですけど、ここらで“勢い”というより“投げたいところに球を投げたくなった”というか……。それもあっての6月だったし、フェスだったと思います。
■“投げたいところ”というのは?
前田:音楽って、曲があれば、ミュージシャンだったらとりあえずは演奏できるわけですけど、ただ演奏するんじゃなく、しっかり考えたかっ た。でも、考えすぎてもダメだろうし、勢いというものも感情を表現するために必要で、そのあたりのバランスをしっかり取って、クールだけど熱いみたいな、 そんな感覚を目指すようにはなってますけど。
■その6月のプリプロから、今回のシングルへとつながっていくわけですよね。
藤巻:10何曲かやりながら試して、そのなかで最初にしっくりきた曲が今回のシングルになったんですけどね。
■新たな境地みたいなものは?
藤巻:それこそ前だったら、“この心のモヤモヤは何なんだ!?”ってことを音楽にしたら“すっきりした”みたいな、そんなシンプルなこと だった(笑)。でも徐々に、自分のなかに不在感みたいなものが出てきたんですよ。でも、ふと思うと、自分はレミオとしてとか、ミュージシャンとしてとか、 さまざまな立場を意識して作ってたなぁって思って……。そうじゃなく、全部ひっくるめて藤巻亮太として作る感覚を取り戻したかった。それがカップリングの 『リズム』の詞を書き、『Wonderful & Beautiful』を書き終えたころには、不在感も徐々になくなっていったんですけどね。
※編集部注 / プリプロダクション。レコーディング前に曲の構成やアレンジを詰める作業のこと
■『Wonderful & Beautiful』には、車でどこかへ向かう途中、渋滞に巻き込まれた主人公が出てきますね。
藤巻:夜、お台場からレインボーブリッジを渡ったとき、芝浦のマンション群の明かりが見えて、ふと“自分は何才まで東京に住んでいるんだろ う”って思ったんです。そのことも曲を書くキッカケですね。でも……“田舎も都会も、実はあんまり変わらないのかもねぇ”とも考えた。どこに住もうと、何 を知ろうと、それより大切なことがわかったっていうか。今、近くに思う人がいるなら、その人を大切にしなきゃという、そんな気持ちも込めた歌なんだと思い ます。あと、自分たちのことを振り返ってみてもね、これまで何度もミスをしたし、ブレたこともあったんですよ。でもそれでも続けてこられたのは、まわりで 支えてくれた人があったからなんですね。素直にそう思えたし、実際この曲もそんなとても素直な気持ちで書けたんですよ。
神宮司:確 かに車で渋滞にという、そんな場面も出てきますが、そこに限定されない歌なんですね。聴く場所にしてもさまざまでいいし、お店で流れたり、車のなかのラジ オから聴こえてきてもいい。そうやって、どんどん街中に流れていったらうれしいんです。そして“2007年の冬にこういう曲があったな”って、思い出に なってくれたらすごくうれしいです。
前田:さっき“素直に書けた曲”という話がありましたけど、演奏面でもそこに引っ張られたんじゃないかと思います。アレンジにしてもそうですけど、3人とも迷わずまっすぐなパワーが出せましたから。
■カップリングの『Wonderland』と『リズム』に関してもひと言お願いします。
藤巻:『Wonderland』は僕らの作品のなかでも青春色の強い曲で、どういう思いで、どういうアプローチでやっていくかに注意しながら作りました。結果、バンド感をすごく大事にした仕上がりになりましたけど。
前田:この曲は、まさに僕らがそうやって生きてきた気がするし、今ももちろん行きたい場所もある……。それを忘れたくない。そんな思いも込められてると思います。
神宮司:ふと立ち返るじゃないけど、自分たちを見失いがちなとき引き戻してくれるかもしれない、そんな曲じゃないですかね。
藤巻:あ と『リズム』に関しては、今回のレコーディングはここから始まったんです。この曲は、どこかで『Wonderful & Beautiful』にも通じるところがあるかもしれないです。“一人”→“一人じゃない”→“みんな”みたいに、そんな広がりがあるところとかは。
■2008年は1月から5月までツアーですね。
藤巻:まー、すごい数だと思いますけど(笑)。本当だったらアルバムをリリースして、ということが多いんですけど、でも今回はそういうわけじゃなくて、『Wonderful & Beautiful』『茜空』『RUN/蛍』という曲でまわるんですよね。
神宮司:初めて見る人も、何度も見に来てくれてる人も、同じように楽しめるライブにしたいんです。新しいアルバムがないぶん、すでに出ている曲での構成なんですけど、もう何年もやってない曲もやってみようかって、そんなことも話しているんですけどね。
藤巻:そう思わせてくれるのも、『Wonderful & Beautiful』があるからなんですよ。この曲って、『朝顔』から『HORIZON』 までをつなげてくれる、そんな役割も果たすと思うんです。だから次のツアーでは、『朝顔』の曲もできるんじゃないかって思っていて……。 『HORIZON』のツアーのときは、あんまり入り込む余地がなかったんで。でも、この曲のマインドがあれば、あのころの曲もやってみようかって気にもな れる。実はそれが今の僕らにとってすごく重要だし、そういうレミオロメンを見てもらえるライブになるんじゃないのかなって思います。
■さらにツアーのリハまで新たなレコーディングが続いているということは、未発表曲の発表とかあったりして……。
藤巻:どうなるかわかりませんけど、ひょっとしたら“あ、今こんなのやってるんだ”みたいなことも見せられるのかもしれない。でもともかく ツアー中は、全国をまわりながらさまざまなものを拾い集めつつ、次に進んでいきたいなと思います。あとは、ここのところ大きな会場での20本くらいのツ アーが多かったので、見たくても見に来られなかった人も多かったと思うし、今回はしっかりみんなのところまで行きたいな、ということですね。そしてレミオ ロメンて、“こいつらが演奏してるんだな”ってことがわかるライブにしたいです。
前田:これでリハが始まったらね、さらにイメージも固まっていくでしょうけどね。
■ツアー楽しみにしてます。ありがとうごさいました。
2007年12月8日土曜日
interview with - レミオロメン
2007年12月7日金曜日
interview with - 河村隆一
ソロ・デビューから10年。これまでの足跡の集大成としてリリースされるのが『evergreen anniversary edition』だ。【ディスク1】:これまで発表した楽曲のセルフ・カバー、【ディスク2】:日本の音楽シーンを彩ってきた名曲のカバー、【ディスク 3】:10年間の活動を辿る秘蔵ライブ映像集…という、3枚組作品となっている。収録されている楽曲の数々から、何よりも伝わってくるのは、河村隆一の歌の持っている桁外れのパワーだ。歌声が発せられるや否や、楽曲に籠められた想い、風景、物語は、リスナーの心の中に鮮やかに映し出される。その圧倒的な表現力には、胸打たれずにはいられない。河村隆一の表現力の凄味を豊かに体感させられる今作について、本人に話を訊いた。
■セルフ・カバーと名曲のカバーを行う今回の企画は、どのような経緯で始まったんですか?
河村:今年は『ORANGE』というオリジナル・アルバムを出したんですけど、それによって“コンポーザーとしての10年”というのは、作品に出来たと思うんです。それとは別に、“シンガーとしての10年”という総括をしたいなと思って、取り組むことになりました。
■【ディスク1】のセルフ・カバーに関しては、昔のご自身の歌とじっくり向き合う機会でもあったと思うんですが、やはり変化は感じましたか?
河村:例えば「I love you」は10年前の曲ですよね。僕としては改めてレコーディングした時は、“あまり変わってないのかな”と思ったんですけど、昔のシングルを聴いたら “若いな”というのは感じました(笑)。今の方がゆとりもあるし、声が太くなってるし、シンガーとして肝が据わったというか。懐が深くなった感じはしています。
■その辺はリスナーの方々も聴き比べてみると様々なことに気づくでしょうね。
河村:そう思います。今までの 10年を上半期と下半期に分けるとすると、後半になるにしたがって、高い声を出す時のコントロールが出来るようになってると思う。高い声を出すとキンキンしてしまいがちなんですけど、そうなると耳に痛い音になるんですよね。“高い音なんだけど、癒しのある唄い方が出来ないかな”というのは、下半期にずっと自分の課題として追いかけてたんで、その辺は今にもつながってることだと思います。
■セルフ・カバーは選曲も興味深いですね。シングル曲だけじゃなくて、「彼方まで」のような熱心なファンしか知らない曲も収録されてますから。
河村:僕にとってはどの曲も可愛いですから、順位をつけられなかったんですよ。だから“RKF”っていう、僕のファンクラブの会員のみなさんに順位をつけてもらったんです。そんな中にまず「無題」っていう曲が常にトップ10に入っていて。これは4年前に初めて唄って、ずっと「無題」だったんですけど、それが今回入っている「Once again」です。「彼方まで」もなぜかいつも上位にいたんですよね。これは他の方に提供させてもらった曲なんですけど、ライブで唄った時にすごく評判が良かったんですよ。そういう曲がシングル曲の中に入っているのは、僕にとっても興味深かったです。
■そして、【ディスク2】の方が名曲のカバー集ですね。カバーしたのは一般ユーザーから選ばれた曲なんですか?
河村:そうです。スポニチさんと“RKF”の両方で投票してもらいました。“驚くような曲が選ばれるかな?”と僕も身構えてたんですけど、結果のリストを見た時は“なるほど”と思う曲ばかりでしたね。沢田研二さんの曲や、山口百恵さんの曲から、ミスチルとか中島美嘉さんの「雪の華」のような最近の曲まで唄わせてもらいました。僕のこの10年の活動時期と重なる曲もあるので、とても面白かったですよ。
■そういう中にDEAD END(80年代後半のジャパニーズ・ハードロック・シーンの最重要バンドの1つ)が入っているのが目を引いたんですが。
河村:これは実は僕のリクエストでして。自分のルーツにあるバンドの曲を、どうしても入れたかったんですよ。僕は LUNA SEAのインディーズの頃から数えると、20年近く唄ってるんですけど、自分のルーツにあるバンドの歌を、今唄ったらどうなるんだろう? と思って。“僕はこういうところから出てきたんだ”ということを確かめるためにも、もう一度唄ってみたかったんです。自分を育ててくれた名曲と向き合うのは、僕にとっても得るものはすごく大きかったですよ。
■カバーしている中で特に思い入れの強い曲はありますか?
河村:織田哲郎さんの曲も、徳永英明さんの曲も、尾崎豊さんの曲もそうだし…全曲が僕にとって大切な曲ばかりですよ。そんな中、近年の曲で心に残っていたのは中島美嘉さんの「雪の華」ですね。唄ってみて改めて名曲であることを感じました。
■今回唄った名曲のような作品を、ご自身も作っていきたいという意欲も掻き立てられたのではないでしょうか?
河村:僕は音楽家としての物差しを、常にクリアに持っていたいと思ってるんです。僕が曲を好きになるポイントって、 “キャッチーでポピュラリティがある”ってことがすごく大きいんですよ。例えば“ビートルズで好きな曲は?”と訊かれたら、人によっては隠れた名曲を挙げるのかもしれないけど、僕だったら「Let It Be」。メジャーな曲を挙げるのが恥ずかしいと思うタイプの人もいますけど、僕はそういうのは全然恥ずかしくない。だからこういうカバーをすることが出来たし、今後もそういうクリアな物差しを持ちながら、コンポーザーとして曲を作っていきたいと思ってます。今回、こういう名曲を歌って、自分の血肉にしたことで、その物差しは今まで以上にクリアになった気がしています。
■今回はこのような形で10年を総括しましたけど、来年2月3日の武道館の公演では、今までのフル・アルバムとミニ・アルバムの全70曲を唄うそうですね。
河村:“知らない自分に出会ってみたい”というのもあって、やることにしたんです。70曲唄うことで喉を少し痛めるかもしれないし、体力の限界まで行くかもしれないですけど、それを乗り越えるために自分を鍛えることは、絶対に今後の自分にとってプラスになるはずですよ。僕はハードルを高めに設定して、それに向って自分を構築していく作業が結構好きなんですよね。もともとスポーツが好きですし、唄うことってスポーツに近いことだとも考えてますから。今後も自分の知らない声とか声量とか、力強いものから繊細な表現とかも含めて、いろんなことを学んでいけたらいいなと思ってます。
2007年12月6日木曜日
interview with - 木根尚登
今、気になるあの人の、人生や音楽活動に影響を与えた出来事や出会いとは? 注目のアーティストに、自らのターニングポイントを語ってもらう連載「私のターニングポイント」。第26回は、12月5日に3年8か月ぶりとなるニューアルバム『SPEEDWAY』をリリースしたTM NETWORKのスポークスマン、木根尚登の登場だ。
「発端は“SPEEDWAY”のアルバムを小室哲哉が買ったことで(笑)」 |
| あの小室哲哉が 所属するユニット、TM NETWORK。それこそ、現在20代中盤から30代後半にかけてのリスナーは名前を聴くだけで号泣ものだろう。1984年にデビューし、1994年に “活動終了”。その後1999年に活動を再開し、コンスタントにリリースとライブ活動を続けている。 そんな彼らが80年代に回帰するコンセプト を掲げた新作をリリース。タイトルは彼らがTM NETWORKを結成する以前のバンド名から引用され、サウンドや曲調も80年代の“あのころ”のテイストに近く、まるでバンド名のとおり(“TM NETWORK”とは“タイムマシン・ネットワーク”の略。ダブルミーニングで“多摩ネットワーク”の意もある)に、タイムマシンでデビュー前年の 1983年に戻って制作したかのよう。まさに、優しきメロディーが中毒性を持つ名盤だ。 「TM NETWORKのデビューは1984年なんですけど、その前に、SPEEDWAYと いう名前のバンドをやっていたんです。1979年に結成して、最初は僕と宇都宮くんがいて、あとから小室くんが加入して。その延長でTM NETWORKのデビュー前にデモテープを一緒に作ったんですね。そのテープは今も持ってますけど、今回のアルバムはそれに近いです。なぜ、こういう流れ になったかを話すと、発端はSPEEDWAYのアルバムを小室哲哉がiTunesで買って(笑)。彼から電話がかかってきて“SPEEDWAY聴い た?”って言うから“聴いてないよ(笑)”って。“最近、iTunesで聴いたんだ。いや、いいよ、これ。あのころの曲とかさぁ”とか彼が言い始めて、 “TM NETWORKとしてこれ出したいね!”ってことになったんですよね」 |
「やっぱり“夜のヒットスタジオ”出演ですね」 |
「世間的に考えたら、やっぱりフジテレビの“夜のヒットスタジオ”に出演したことですね。もちろんそこまでにいろんな点がありますけど。当時“夜のヒット スタジオ”の放送作家の方が“3人組でコンピューターを使ってやってるヤツら、なかなかおもしろいよ”って、番組のプロデューサーに薦めてくれたんです よ。デビューから3年間全然出演できなかったけど、その間の活動が目に止まってね……。あと、同じくらい影響しているのは小室くんが渡辺美里さんに提供した『My Revolution』ですよね。あれがヒットしなければ、彼はTM NETWORKをあきらめていたかもしれない(苦笑)。あの曲が大ヒットしたときに彼は確信したんでしょう、“曲は間違ってない!”って(笑)。後は売り方や見せ方だと。それが『Self Control』(アルバム『Self Control』収録)、『Get Wild』のヒットに結びつきましたね」
そしてTM NETWORKは、現在のJ-POPやクラブシーンで当たり前のものとなった“ユニット”という形態の元祖でもある。結成当時からその意識はあったのだろうか?
「当時は“ユニット”って言葉がなかったからね。最初にてっちゃん(小室哲哉)が僕を誘ったとき、“作曲グループで音楽を作ろうよ”って話だったんです。 今だから言えるけど、当時てっちゃんが言ったのは、“バンドで6人、7人いると金がかかるよ(笑)”って。当時お金なかったですから。また、自分たちの音 楽がそれを演奏するミュージシャンによって限定されるということもあって。時代が変わって音楽の流行が変わっても、その都度ミュージシャンを変えていけば その時代の音楽ができるんじゃないかと。ひょっとしたら同じ時代でいうなら、TM NETWORKとBOΦWYの違いってことでもあるかもしれないね」
2007年12月5日水曜日
interview with - AI
自分の気持ちに正直に、恋愛も社会的な問題も同じように歌ってきたAI。2007年はロック系の夏フェスにも出演し、もはやヒップホップ・ソウルのディーバという形容は窮屈そうだ。そして、さまざまな熱や感動に触れた今の表現として、6枚目のアルバム『DON'T STOP A.I.』が完成。なかには土屋アンナ、PUSHIM、ANTY the 紅乃壱という女性ばかりをフィーチャリングしたナンバーなども収録。“私の意見”から、人とのつながりのなかで見いだした“大きなメッセージ”への開かれたシフトを実感できるはずだ。
■なんか『What's goin' on A.I.』が昨日のことのように思えるんですが。ってことは、作ってるほうはもっと早いワケですよね。
AI:確かに。だけど、まだなんか『I Wanna Know』 歌ってる感じとか残ってる。このアルバムを作り始めたのはちょうど去年のツアーが終わってからだから、最初のほうはまだライブ感が残ってるっていうか、 “ライブで今度こういうことしたいから、こういう曲作りたい”とか。例えば『BRAND NEW DAY』のこういうビート選んだのも、そういうのがあったと思うし。で、時間がたって制作系だけになってくると、スタジオにこもることが多いから、今度は だんだん自分の気持ちがマイナー系になっていって(笑)、バラードとか選んでたりして。で、途中くらいまで作ったときに『DON'T STOP』っていうアルバムタイトルがついたから、それに決めてからはまた“来年のライブどうする?”って話もしてたから、そういうのを考えたらまたアッ プテンポを選んでいったり。そのときの感情や気持ちや、自分のやってることによって作る曲が変わっていったと思う。しかも、今年はサマーフェスティバル系 まわっててそういう時期に作ってたから、ライブを意識した曲がいっぱいあるかもね、前のアルバムよりは。
■じゃあ具体的に曲のことを聞いていきますね。『DON'T STOP』、これはなぜディープ・パープルの『ハッシュ』のサンプリング(※編集部注1)を使うことになったの?
AI:これはですね~、サンプリングされたトラックを聴いて。いろんなトラックのなかでもやっぱ目立つんだよね。♪ナーナナ、ナーナナ ~♪って、“どっかで聴いたことあるけど、こーれはヤバイ!”と思って。全然ディープ・パープルの超ファンとかってワケじゃないけど、ちょっと変わった感 じのことしたいなと思って。まぁ、もしかしてディープ・パープルのファンの人が聴いたら、“おまえ、オリジナル変えやがって!”みたいな(笑)、そういう のもあるかもしれないけど。やっぱ今の音では出せないザラッと感とか、オルガンの音とか、いいなぁと思って。でも、サンプリングの曲って有名であればある ほどできる確率が低くなるから、最後まで“ちょっと待って”ってホールドされてたんだけど、私はもういい曲を見つけたらすぐ歌詞とか考えたいし、メロ ディーも考えたいし。
■この曲じゃないと意味がなかったんだ。
AI:うん、そう。それが、たまたま来年ディープ・パープルが来るらしく。で、サンプリングの件もタイミングが良くて、それだったらプロモーションにもなるかもしれないからいいよ、みたいな。
■すごいタイミングですねぇ。
AI:そうなんだよね。
※編集部注1 / 既存の楽曲の一部を抜粋・引用し、別の楽曲を作り出すこと
■今回のアルバムはトピックも多くて。『BUTTERFLY』にはANTY the 紅乃壱、土屋アンナちゃん、PUSHIMが参加していますね。
AI:これは超大変だった。それぞれにまず自分で電話して、本人たちに確認とって。やっぱり本人が「う~ん、あんまり……」って言ったら別に事務所同士で話す必要もないし。
■みんな友だちなんですか?
AI:そうですね。何年か前に名古屋でライブ帰りにクラブ行ったら、ANTYがそこでライブしてて。名古屋弁でラップして、“すごいなこの 子、ヤバイ!”と思って。で、話してみたらいい子で人柄も良くて、いつかなんかやりたいなとは思ってて。あとアンナちゃんは撮影や映画だったり、ちょこ ちょこいろんな場所で会うことが多くて。ちょうど連絡したとき、アンナちゃんは居酒屋かなんかにいて飲んでて。「一緒にやりたいんだけど」「あ? いい よ。やろうよ」って、即OKで。PUSHIMは、レゲエでずーっとやってきててさ。久々にしゃべったんだけど。昔は一緒にショッピング行ったことあるけど (笑)。
■3人3様の景色になりますよね。
AI:そうなんだよね。ジャンルは違っても一緒にできるんだっていうのを見せたかったし、それぞれ私がリスペクトしてる人たちでもあるし、そういう部分がすごい良かったかな。で、女の子をフィーチャリングするのも初めてだったのね。
■AIさんはプロデューサー的な部分もあったんですよね、この曲は。
AI:そうですね。やっぱり自分の曲でっていうのはなかったから、レコーディングの現場で聴いて、“ヤバイ、楽しい……”とか思って。それにしても強い女の人たちだなぁと思った(笑)。
■中盤以降にはロックっぽい、どころか“ロックじゃん!”っていう曲もあって。
AI:『THE ANSWER』ね。
■こういう感じの曲がほしかったんですか?
AI:これはホントのこと言うとドラマ「医龍 Team Medical Dragon2」のために作った1曲なの。歌詞もすごく「医龍」っぽいと思うし、心臓の音が入ってたりとか、やっぱりドラマの曲だからっていっても、自分も好きな曲にしないと自信持ってやれないから。
■これがシングルになってたらけっこう問題作だったかも。
AI:そうそう。でも全然好きですね。なんかドキッとするような感じもあるし、やっぱり手術シーンで終わったあとに、バラードじゃないなと 私は思ってたの、ずっと。だけど、みんなに「ドキッとしたあとに安らぎがほしいんだ」って言われて、そう言われると「まぁね」って思っていったというか。 それで『ONE』を作ったんですけどね。
■でもこの両極端な2曲が入ってることで、アルバムの幅は広がったんじゃないですか?
AI:確かにこの2曲が入ったことで、さらに広い感じになったし、今思うとすごい良かったんだよね。『ONE』も『THE ANSWER』もいいし。もし自分の好みだけでやってたらこの2曲はなかったかもしれないし。
■だから前作『What's goin' on A.I.』は大きいテーマがあったけど今回はいい意味で幕の内弁当的なんですよね。
AI:ホントそうだと思う。去年のはやっぱり“ニュース”だったから。まぁ家で歌詞書いてる時間も、テレビつけてる時間も長かったり、朝方 帰ってきて、結局見られるのはニュースだけだったから。事件がもうヒドイのばっかりで、“なんだよ、これは?”っていう疑問が多かったからね。それに本も 事件を扱ったノンフィクションとか、カウンセリング系とかばっか読んでたから。で、自分で曲とか作っちゃえばさ、人に言うわけじゃなくて、まず自分が変わ れたりするから。
■すごくそういう年だったんだよね。
AI:うん。で、今年は逆にもっと人を笑わせたいし、喜ばせたいし、テンション上げさせたい。やっぱりフェスティバルまわったのは大きかったですね。
■フェスティバルといえば、『I'll Remember You/BRAND NEW DAY』の取材のときマキシマム ザ ホルモン見たいって言ってたけど、見られました?
AI:結局、出演日が違ってて見られなくて、それがもう残念でね。でも、ROCK IN JAPAN FES.のバックステージでナヲちゃんに会って。「ファンなんです。写真撮ってもいいですか?」みたいな。そしたらあっちも「ファンなんです」みたいな (笑)。で、「は!? いや、悪いけど私のほうが好きだから!」とか言って。
■告白し合い、みたいな(笑)。
AI:うん。「やった~! うれしい~」。
■(笑)。でもホントにフェスで広がったんですね。
AI:だからこういうアルバムになったとも思うし。自分がいつもやってる場所も大事だけど、やっぱりたまには全然違うとこへ行って、例えば 日本でみんな好きだって言ってくれたら、たまには違う国へ行ってやってみるとか。むしろブーイングがとんでくるぐらいの恐ろしいとこに行ったら、“今度は その人たちを納得させるようにどういう曲を作ればいいんだろう?”とか、すごくいい勉強になるから、そういう意味でフェスには出て良かったと思う。
■ちなみにマキシマム ザ ホルモン以外で、AIさんが“この盛り上がりスゴイ! くやしい!”って思うアクトはありました?
AI:くやしいっていうのはなくて……、ELLEGARDENとか良かったね。お客さんのはねてる感じがすごいわかるんだよね。ただ、自分の選ぶトラックはそういうのじゃないけど、そういう気持ちになれるような曲は作りたいなって、そういうライブ見て思ったり。
■来年のツアー、長いじゃないですか。アンケートとかも楽しみですね。夏フェスで見た人も来るかもしれないし。
AI:そうそうそう。夏に見ておもしろかったから、ぐらいの人にもぜひ見てほしいし。
■来てくれると思うなぁ。さて、最後にベタなんですが、このアルバムをみんなが聴き込んでるころって、クリスマスシーズンだと思うんですが。
AI:クリスマス、ヤバイですね。
■今年はどう過ごしてそう?
AI:クリスマスはたぶんどっかのツリーの下で歌ってそうだな(笑)。なんか何もなくないような気がするんだよね。なーんかありそうなんだよね(笑)。
■人のクリスマスを盛り上げる……。
AI:私も盛り上げてほしいわ(笑)。
2007年12月4日火曜日
interview with - BoA
2000年8月に母国である韓国でデビューし、翌々年の2001年5月、『ID;Peace B』で日本デビューを果たしたBoA。 当時BoAは14才。“とにかく歌うことが大好きなんです!”と慣れない日本語で話してくれた。実の兄が受けたオーディションについて行ったことがきっか けで、この世界に足を踏み入れることになった彼女に、ここまでの無限の可能性が詰まっていたと当時だれが想像できただろうか? 2006年11月5日、 20才の誕生日を迎えた彼女は、デビューから5年という歌い手としての節目と自らの人生の節目である“20才”を記念して、2007年1月17日に5枚目 となるオリジナルアルバム『MADE IN TWENTY(20)』をリリースする。タイトルが示すがごとく、彼女のいままでの歌い手としてのすべて、そして人生の経験すべてが、このアルバムには詰め込まれているといっても過言ではない。今回は、そんなニューアルバムの話を中心に、BoAの素顔に迫ってみました。
■BoAさんやっとハタチになりましたね!
BoA:はい(笑)。デビューが14才だったので「BoAはいつハタチになるの?」って言われ続けてきたんですけど、これでもう言われなく なりますね(笑)。でも、実感はないんですよ。目に見えるものが大きく変わったということはないし、精神的にも特に大人になったとも思えないし(笑)。で も、やっぱりデビューのころの写真を見ると“老けたなぁ”って思いますけどね(笑)。
■ふ、老けたなぁって(笑)。
BoA:あぁ、“大人になったなぁ”って(笑)。
■20才を機にチャレンジしたいことは?
BoA:もうちょっと日本語を完ぺきにしたいですね。
■完ぺきですよ、BoAさんの日本語。私たちよりも正しく日本語を使えてますよ。
BoA:そんなことないですよ、まだまだだなって思うことがいっぱいありますもん。
■お酒も飲める年になったけど。
BoA:ん? 酒はちょっとだけ飲むんですけどね。
■“酒”って(笑)。
BoA:あははは。ね(笑)。日本語の丁寧語ってむずかしいですよね。こういうとこがまだ完ぺきじゃないんですよ。細かいニュアンスや使い分けが。だからね、自分ではそういうつもりじゃないのに笑われちゃったり突っ込まれたりするんです(笑)。
■正しい突っ込みを入れちゃったね(笑)。
BoA:いえいえ、いいんですよ、そこからいろんな話の展開があったりもするから(笑)。でも、そういう細かいとこもわかって話せたらもっとおもしろいんだろうなって思うんですよね。そしたら、歌の面でももっと細かく感情を表現していけると思うし。
■『MADE IN TWENTY(20)』では、よりいっそうの感情移入を感じたよ。自然な大人っぽさがすごく印象的なアルバムだった。
BoA:それ、本当にうれしいです! 周りのスタッフにも「無理してない感じがいいね」って言ってもらえたことがすごくうれしくて。今回の アルバムでいちばんこだわったところでもあったから。20代になって初めてのアルバムでもあるので、やっぱり最初は“大人”っていうところを意識したんで すけど、逆に大人っぽさを意識し過ぎてしまうと、自分の歌に無理が出てくると思ったので、自分の素直な感情を歌に込めたんです。今回、恋愛の歌詞が多かっ たこともあったので、まだまだ自分が経験していない感情もあったんですが、変に背伸びしないように、その歌詞を読んだときに感じたままを素直に歌ってみた んです。
■BoAはいままでもすばらしい感情移入を見せてくれていたけど、今作ではよりBoAの内面を深く感じ取ることができたから、何か心境的な特別な変化があったのかなって。
BoA:はい。いままではディレクターさんが歌詞の内容やストーリーを説明してくれて、そこから自分の感情を絡めていくことが多かったので すが、今回は歌詞をもらって、最初から自分で読んで理解していったんで、人伝えではなく、本当に私が感じたままを言葉にできたと思うんです。それが、聴い てくれる人に無理なく自然に伝わってくれたのかなって思います。
■前作のオリジナルアルバム『OUTGROW』ではBoAさんの作詞曲が多かったけど。
BoA:はい。でも、今回はあまり作詞という形では参加していないんです。今回は“歌う”ことに集中したかったんです。シンガーとして成長したいという気持ちが強くあったので。
■なるほど。今回、2006年リリースのシングル曲も何曲か収録されるけど、シングルでの成長を生かせた感覚はあった?
BoA:ありましたね。『Winter Love』(2006年最後のシングル)が大きかったかな。ラブバラードなんだけど、別れの歌だったんですよ。せつない失恋の歌っていままでなかったから。“やっと失恋の歌も歌えるようになったな”って思いましたね。
■BoAのバラードを待っててくれる人も多いんじゃない?
BoA:はい。『メリクリ』(2004年12月リリース)あたりから、特にバラードを待っててくれる人たちが増えた感覚があって、冬になるとバラード曲を作らなくちゃって自分でも思うようになったんです(笑)。
■そうなんだ(笑)。個人的に、今回のアルバムに入ってるBoA作詞の『OUR LOVE~to my parents~』はすごくあたたかい気持ちを感じた。
BoA:『OUR LOVE~to my parents~』は『OUTGROW』 に入れようと思っていた曲でもあったんですけど、バラード曲の割合が多くなってしまったこともあり、とっておいた曲で。両親にあてて書いた歌詞なんです。 いつか、両親への思いを歌詞にしてみたくて。今思えば、ハタチになった今、この歌が歌えたことにすごく意味を感じていますね。実は今回、“BoA THE LIVE”(9月から回ったツアー)に集中したかったこともあり、レコーディングは9月までにすべて終わらせていたんですが、『OUR LOVE~to my parents~』に関しては、それより前にすでにレコーディングが終わっていたんです。でも、“近い距離でBoAの歌と音を感じてほしい”というコンセ プトだった“BoA THE LIVE”を終えてみて、バラードへの感情の込め方を自分的にもつかめた気がしたので、無理をいってツアー後にもう一度レコーディングさせてもらったんで す。そういう意味でも“BoA THE LIVE”は本当にすてきな経験になりましたね。
■そうだったんだ。でも、本当に“ハタチのBoAが歌うからこそ味のある曲”になったよね。バラードだけじゃなく、11曲目の『Prayer』なんて、“こんな妖艶(ようえん)なBoAは見たことなかったかも”って驚いた。
BoA:ありがとうございます! 私も『Prayer』はとても気に入ってます。ここまでファンキーな曲は珍しいですよね。またひとつ新たなBoAを見つけ出せた気がします。
■今回のアルバムでは作曲にも挑戦してるね。
BoA:はい。『no more make me sick』は初めてパソコンで作曲した曲なんですが、カッコいいダンス曲はすばらしい作曲家さんたちが作っくださっているので、私は、リズムで楽しめるよ うな曲を作ってみました。もともとミディアムテンポの曲が大好きで、いつか自分で作って歌ってみたいなっていう気持ちがあったので、今回実現できて本当に うれしかったです。難しかったけど、苦労したぶん、達成感がありましたね。
■それに、アルバムのラストを締めくくる『Gracious Days』は、“新たなスタートをきる前向きなBoA”を感じる鮮やかなナンバーだよね。すごく印象的だった。
BoA:この曲も今の私が歌うから説得力があるのかもなって思います。まだまだ経験不足なとこはたくさんあるし、知らないこともたくさんあると思うんですけど、5周年を迎えた今だからこそ、歌えた歌かなって思いますね。
■2006年はデビュー5周年だったんだよね。振り返ってみて、どう?
BoA:本当にあっという間でした。オリジナルアルバムも5枚目だし、シングルでは21枚目だし、5年間ではもちろん反省もあるし、つらいことがなかったわけじゃないけど、そんな思いや経験も、すべて自分のためになっているような気がするんですよね。
■BoAさんは勉強家だよね。ここまでBoAさんを頑張らせた思いって何だったんだろう?
BoA:やっぱり歌うことが好きという思いだと思います。私はちっちゃいころから“歌手になりたい”という漠然とした思いしか持ってなかっ たんですけど、自分が今みたいになれるなんて昔は想像もしていなかったんですよ。歌手として歌い始めてからも、“あの人みたいになりたい!”っていう具体 的な目標を立てていたわけでもなかったし。
でも、ひとつ言えることは、毎日の小さな努力が重なっていって、いつか大きなことを実現できるんだと いう気持ちを常に持って頑張ったことですね。それと、本当に私は周りのスタッフに恵まれていたことが大きかったと思います。私以上にBoAというアーティ ストを深く理解してくれていて、私の魅力が最大に生かされる楽曲や歌詞を私のために用意してくれることで、私はここまで成長してこられたと思うんです。
ディレクターさんとはデビュー当時からの本当に古いお付き合いなので、普段から“オススメの1曲”とかいって、どっちが相手をうならせるすてきな1曲を 持ってこられるかって競い合ってオススメし合って遊んでたりするんですよ。最近はオールドR&Bがブームなんですけど、なかなか勝てないんです(笑)。そ んな何気ないやりとりも、私を成長させてくれているんだと思います。そして何よりも、私の歌を待っていてくれるファンのみなさんの応援があったからこそだ と心から感謝してます。
■本当に大人になったね。昔から落ち着いた印象はあったけど、もう“BoAちゃん”って“ちゃん”付けで呼んだら申し訳ない気持ちになってきた(笑)。
BoA:あはははは。いいですよ“BoAちゃん”で(笑)。ハタチになったからって急に変わるのもなんか変だし(笑)。でも、たしかに、昔っからあんまりキャピキャピした女の子ではなかったかもしれないですね。今もね、普段からあんまりしゃべらないんですよ。
■プライベートは暗いっていうか、静かなの?
BoA:いえ、暗くはないですよ。同じ年の人と比べると、あんまりしゃべらないほうかもってくらいで(笑)。日本でのオフはスタッフさんとお買い物に行ったりしてて、韓国では友だちとご飯食べに行ったり映画見たりしてますね。
■そういえば2006年の年明けは実家に帰って、お母さんの風邪をもらって大変だったって言ってたけど、2007年の年末年始の予定は?
BoA:そうそう、去年は母から風邪もらって大変だったんですよね、新年からいきなり病院通いで(笑)。今年はお仕事が終わったら韓国に帰 ります。でも、アルバムのプロモーションや制作があるので、長期間ゆっくり休めないかもしれないですね。でも、お休みは家族とゆっくりしたいです。
■2007年はどんな1年にしたい?
BoA:ひとりの女性としてもアーティストとしても、また一歩成長できる1年にしたいです。10代が元気なイメージで、その元気で人の心を癒やせていたなら、20代は人の痛みがわかる人になって、そんな歌で聴いてくれる人の心を癒やしていけたらいいなと思ってます。
2007年12月3日月曜日
interview with - SEAMO
2006年は、シングル『マタアイマショウ』『ルパン・ザ・ファイヤー』の大ヒット、そしてセカンドアルバム『Live Goes On』がアルバムチャ-トの1位をゲットし、さらにはNHK紅白歌合戦初出場と、名実ともに大ブレイクを果たしたSEAMO。ヒップホップの枠を超え活躍する彼が、ついに新曲『Cry Baby』を発表。しかもこの曲は、映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」の主題歌でもあるのだ。SEAMOとクレヨンしんちゃん……なんてナイスな組み合わせじゃないか。では今回は、新曲についてはもちろん、ブレイクした今、そしてこれからについて話を聞いてみよう。
■さあ、SEAMOさんの新シーズンの幕を開ける新曲で、映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」の主題歌でもある『Cry Baby』がついに完成しました。
SEAMO:この曲自体は、2006年の秋からミニ合宿して作ってた曲で、それを映画のスタッフが気に入ってくれたんです。トラックや歌詞はそのままですけど、主題歌が決まってから、お子さん連れで見にきてくれるだろうし、エンドロールに流れるだろうってイメージして、イントロを長くしたり、子どものコーラスやハンドクラップとかの味付けをあとからしましたね。
■メロディーも優しい感じの、心にグッとくるナンバーですね。
SEAMO:まず、トラックありきで音楽を作って、歌詞をつけていくんですけど、僕もメロディーをつけるのにだいぶ味をしめてきまして(笑)、1年前よりウマくなりましたね。
■歌詞は、つらいことを受け入れ、乗り越えていこうというポジティブな内容です。これは、自身の経験から出たものなんですか。
SEAMO:そうですね。ネタになっている時代背景は、シーモネーターとしてうまくいかなかったときの話で、そのころって、印象的な涙がいくつかあったんですよ。テレビで、ハルウララっていう100連敗した馬のドキュメントをなにげなく見てたんです。そのなかで、おばあちゃんがハルウララに手紙を出してたんですよ。「リウマチで手足が痛い。こんなつらいなら死んでしまいたいとも思ったけど、負けても走り続けるハルウララの姿を見て、励まされて生きる勇気をもらった。ありがとう」って内容で。それが、当時の自分とクロスオーバーして号泣しちゃったんです。
■そのころは、精神的にも相当追いつめられてたんですね。
SEAMO:はい。周りの仲間に追い越され、道に迷ってましたね。あのころの涙はコンパイルしておく必要があるなって思ってたんです。でも、あのときに、こういう曲を書いてたら、たぶんグチっぽい歌になってたと思うな。でも今は、あのときがあったから今がある、あのときの涙は最高に力強かったなって思えるんですよ。それで、こういう歌にできましたね。
■苦しい時期を経て、SEAMOとして再スタートして、結果を出した今だからこそ、この曲が作れたと。
SEAMO:ホントそうです。実際、直面してるときってどうしたらいいかわからないし、道を切り開けない。世の中って楽しいことよりうまくいかないことのほうが圧倒的に多いじゃないですか。僕もみなさんと同じく、道に迷い苦労して泣いてた。だからもし道に迷ったり、見失ってる人がいたら、この曲でちょっとでも背中を押してあげられたらいいなと思いますね。あとは、ぜひ会社の管理職とか強いポジションにいる人たちにも聴いてほしくて。普段強く振る舞わなきゃいけない人ほど、いろんなものがたまってると思うんですよ。
■確かに。責任が大きい人ほど、つらさも多いですからね。
SEAMO:でもやっぱり、くやしいことから逃げちゃいけないんですよね。まずは、現状を受けとめて、自分で消化して、それで新たな一歩を踏み出してほしいです。
■壁を乗り越えたSEAMOさんの言葉だけに説得力がありますよ。
■続いては「クレヨンしんちゃん」についても聞いてみたいんですが。
SEAMO:テレビは見たことがあったけど、この仕事やるにあたって、映画を見たんです。ビックリしたのが、テレビだと下品なだけだなーって感じだけど、映画だとメッセージが深くて泣けるんです。子どもがわからないような、大人がターゲットなぐらい深かったですね。
■そうらしいですね。「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」は、映画ファンのなかでも評価が高いと聞いてます。でも、SEAMOさんとしんちゃんって、なんかイメージがダブりますよね(笑)。
SEAMO:そうですね(笑)。最初、主題歌の話が来たときは、一瞬戸惑いもありましたよ。でもよく考えたら、脱ぎキャラだし、下品なクセしてみんなに愛されてるとことか、むしろオレの目指すべきとこだな、人ごとじゃないなと。最近は、しんちゃんの着ぐるみと共演することもあって、親近感がグッと高まってます(笑)。
■(笑)。さて、カップリングの『LOVEミサイル』は、跳ねたビートの楽しいナンバーです。女の子ねらいの歌詞は、モロにシーモネーターの影が出てますね(笑)。
SEAMO:これは、あのころでもいけた曲ですね。もちろん、今の細かい技術やメロディーとかをふんだんに生かしてますけどね。それに、僕は昔を全部否定してるわけじゃないんですよ。むしろ、昔の足あとを誇りたい。くやしい思いをしてきたこと、放送禁止になったことも自信に思ってますよ。で、今は、SEAMOとして新しい技術をどんどん身に付けて、間口を広げてるつもりなんです。だから、涙流してる曲も、車に乗って女の子とイチャつきたいって曲も、パチスロやってる曲も、全部リアルな自分なんです。
■ということで『無想転生』は、パチスロ大好きなSEAMOさんならではのナンバーですね。
SEAMO:これは、「北斗の拳」というギネスブックにも載った名機がテーマなんです。あれは、演出、音楽、ゲーム性と、ズバ抜けてすごかったんです。もう、僕らの心をくすぐりましたね。スロットのコインが出る感じをケンシロウの「アタタタタ!」につなげてるのなんか最高のアイデアですよ。あんなそう快感はない! その気持ちを曲に出したんです。
■ということは、スロットやってて曲のアイデアが浮かぶことも?
SEAMO:ありますね。ルパンも昔から曲にしたいとは思ってたけど、スロットでルパンをやってて、やっぱり曲にするべきだと思いましたからね(笑)。それに、「北斗の拳」ってメガヒットした機種だったんで、それにまつわるドラマもあるんですよ。台の取り合いでケンカが起きたり、朝並んでも台が取れなくて、そこで友だちができたり。大逆転もあれば、大負けして死のうかと思ったこともあったし(笑)。
■男のロマンが詰まってますねー。今もけっこう行ってます?
SEAMO:今は忙しくて並んだりはできないですね。でも、ちょっと前までは、バリバリ現役でしたよ。『マタアイマショウ』が、初日のデイリーチャートでトップ10に入ったって電話を、パチンコ屋で聞いたのは覚えてます(笑)。
■SEAMOさんのライフスタイルと音楽が直結していることが、今のエピソードからもバッチリ伝わってきました。
■ではここで話題を変えましょう。昨年の大ブレイクを経て、変化したことってありますか?
SEAMO:音楽に対する姿勢としては、作品ごとのクオリティーや精神のぶち込み方は変わらないけど、より多くの人が聴いてくれるから、自分の言葉の責任感は重くなりましたね。あと今は、オーバーグラウンドの仕事ばかりで、クラブ行く機会も減ってるけど、今でも、毎週日曜に自分のイベントはやってるんですよ。そこでクラブの空気は吸ってるんです。そういうことを忘れちゃいけないなって。
■気持ちのなかでは、ステイ・アンダーグラウンドだと。
SEAMO:それもあります。それがなくなったらストリートアーティストじゃなくなると思ってるんです。もちろんヒップホップは大好きだけど、僕自身はヒップホップにカテゴライズされるかどうか、今は興味がないんです。ただ、クラブアーティストであることに対しては誇りを持ちたい。そのシーンのなかでホントにやってきたわけだから。上のヤツを食ってやろうとマイク1本で行ったこともある。ことあらば脱いでパフォーマンスしてきたことも誇りに思ってる。あの空気感は絶対忘れたくない。あと、今のメジャーのフィールドからも得ることはいっぱいある。来てみないとわからなかったすごい世界が存在してるんです。僕はその両方を見られてるので、アンダーグラウンドでもメジャーでも吸収できるものはして、それをより自分に生かしていきたいですね。
■では、名古屋のヒップホップシーンの“塾長”と慕われるSEAMOさんから見て、今のヒップホップの若いアーティストたちには、どんな思いを持ってます?
SEAMO:正直、僕がヒップホップ全体を代弁するというのは恐れ多くてできないですけど、ただ、僕に近いポップフィールドの若いヤツに言いたいのは「メロディーのついたヒップホップに対して胸を張ってやれ。そしたらハードコア(ヒップホップ)やロックのとこでやって度胸つけてこい、一発殴られてこい」って(笑)。
■おぉ、でもアンダーグラウンド・シーンってそういう厳しい面もありますからね。
SEAMO:僕も実際に怖い所も通ってきてるんですよ。名古屋ってそういう土地だから。でもそれは貴重な経験でしたね。
■やはり、何事も経験は大事だと。
SEAMO:そうなんです。「お前らのライブに鬼気迫るものがないのは、経験が足りないからだ」って言ってますよ。自分らの域でしかデカい顔できないヤツなんか弱いですよ。やっぱり、どんなジャンルのアーティストでも、すごいパフォーマンスができる人は、だれもが見てくれるんです。今も名古屋で、僕を煙たく思うヤツもいるかもしれない。でも一方で「アイツはアイツでやったよね」って認めてくれてるのは、やりきったってところを見てくれてるからだと思うんです。そうやってくと、結果はついてくると思うんですよね。もしかしたら、そういう僕の今が、実はヒップホップなのかなって思ったりしてますね。
■海外のラッパーも、それを実践して支持されてるわけですからね。それにSEAMOさんの将来の夢は、ウータン・クランの“ウー・マンション”(※編集部注)のごとく、仲間が集結する“シー・マンション”ですからね。
SEAMO:そうです! やっぱりヒップホップのすばらしいところって、リスペクト、フックアップの精神なんですよね。それって、ほかのジャンルにはあまりないことだし。だから僕も、それを後輩や仲間に還元していきたいんです。あとメジャーのシーンでも、どんどんいろんな人とからんでいきたいし。それでオレは名古屋の地を誇って、東京に負けないように、地元のシーンを大きくしていきたいんです。
※編集部注 / スタジオなどの設備を整えたウータン・クラン所有の建物
■今年の夏にフェスを計画してるそうですが、そことつながりそうな話ですね。
SEAMO:今って、全国にご当地のフェスってあるけど、名古屋イコールの野外フェスってないんです。それを、自分らなりに作れればなって。全国から大物を呼ぶんじゃなく、東海地区のヤツらだけでまとめられて、ほかのフェスと同じくらい全国の人が名古屋に集まって盛り上がったら痛快ですよね。自分たちの土地をレペゼン(代表)して盛り上げていく、それこそヒップホップだなって。それが継続していって、最終的に自分の手から離れてもいいと思ってるんです。地元のものになればって。それを頑張ってやりたいと思ってます。
■あと、大ブレイクを受けて、実際のところ不安ってありますか?
SEAMO:ギャグで「あとは落ちるだけです」って言うけど、でもリアルな意見ですよね(笑)。そこと常に戦ってます。確かに不安はあるけど、でも、今までやってきた経験から間違いなくわかるのは、足を踏み外すのはやっぱり自分を見失ったからだと思うんです。僕は、バラエティーの仕事も来るし興味もあるけど、でも今は違う。良い音楽を作る、良いライブをやる、これに終始してれば間違えることはないって思ってるんです。あれこれやって、曲のクオリティーが落ちたら意味がないですからね。
■自分のいちばん大事なものを忘れちゃいけないと。それはだれにでも当てはまることですね。
SEAMO:あと、今リアルに体力は気にしてます(笑)。昔は、のどが強いと思ってたけど、今は過酷なとこでせめぎあうと、良い音が出なくなってきてたりするし。スポーツのベテラン選手と一緒で、体のケアと体力作りは必要だと思ってます。どんなジャンルの先輩方でも、そうやってる人は、年とっても良い声してますよね。
■ミック・ジャガーなんか、60過ぎてるのに歌いながらステージ突っ走ってますからすごいですよね。では最後に、今年の目標を聞かせてください。
SEAMO:さっきのフェスと、あと当たり前のことだけど、しっかりアルバムを出すと。あと、今年はアリーナクラスを一発やりたいです。やっぱり、ヒップホップでアリーナクラスをやれる人って数えるくらいだし。僕も、早くそこに飛び込みたいんです。そしたら若いヤツらを呼んで、「お前ら見てろ。ここだぞいちばん上は」っていうのを見せたいですね。
■まさに、名古屋在住の全国区ヒップホップアーティストの心意気ですね。
SEAMO:で、何万人のとこでもやりつつ、200人のクラブでもやれる感覚を身につけたい。なぜかというと、音が良い悪いに関係なく、その場の環境でやれるタフさって絶対必要だと思ってるんです。どんな状況でもマイク1本で打開できるのが、ヒップホップの強みだし。それをできる人、できない人で、どっちがすごいかといったら一目りょう然ですよね。それでこそ、ストリートアーティストだと思ってるんで。
2007年12月1日土曜日
interview with - 安室奈美恵
今、安室奈美恵が絶好調だ。2007年第1弾シングル『Baby Don't Cry』がロングセールスを記録し、最新シングル『FUNKY TOWN』も大ヒット。ファンキーでエッジー、だけどばっちりポップな安室奈美恵の新たな魅力に、さらなるファンも急増中だ。そんな好状況のもと、前作 『Queen of Hip Pop』から2年ぶりとなる待望のニューアルバム『PLAY』が完成した。脇を固めるのは、T.Kura+michico、Nao'ymtという、ここ数年来、安室サウンドを支えてきた強力なクリエイター陣2組。驚くほど挑発的なジャケットも超話題の、セクシーでクールな安室奈美恵の最新ポップワールドの謎を探る!
■タイトルも『PLAY』ですし、ジャケットもかなり挑発的。やはり今回はサウンドもイメージも、“新たに攻めていこう”っていう気分だったんでしょうか?
安室:そういう気持ちって、アルバムを作るたびに毎回あるんですよ。また何か違ったことができればいいなとか、冒険できればいいなとか。ア ルバムはやりたいことが大胆になれるから、楽曲も自然とそうなってきたりしますしね。今回のアルバムの場合、『FUNKY TOWN』ができたあとから、“こんな方向性がいいかな”って感じで『HIDE & SEEK』とか濃い曲が一気に増えて、(方向性が)決まっていったんですよね。
■じゃ、『FUNKY TOWN』がキーになった、と。
安室:ですね。あと、もうすぐ30才になるので、30代のキラキラ感だったり、遊び方だったり、余裕の出し方だったりを表現した、大人っぽいアルバムにしたいなっていうのもちょっとあって。
■大人とはいっても丸くなるのではなくて……。
安室:うん、そうですね。やっぱり丸くはなりたくないなっていうのはあって。丸くなるにしても、とがった部分って安室奈美恵には必要だと思うんですよ。だから、丸くなる部分もありつつ、いろんなとこでとがった部分も残しつつっていう。
■30才になることって、けっこう気になります?
安室:少し前はわりと気にしちゃってましたね(笑)。28才ぐらいから、どうやって30才を迎えようって。20才のときは早く大人になりたかったんですけど、結局やってることも気持ち的にも別に何も変わんなかったなって。
■なっちゃえばラクというか、長い人生のなかでもっとも充実した年代なんでしょうけどね、30代って。
安室:そうですよね。だから、どれだけ楽しめるかがテーマっていうか。10代のときも、20代のときも、ちょっと背伸びして歌ってたのが、 今は自分のままで歌えるというか。自立した強い感じの女性像も、ナチュラルなままの女性像も、今のままの自分で表現できるし。あおったりする感じも今だか らできるし、聴いてる人にも自然に伝わるんだろうなって思うんです。前だったらきっとあおりきれてなかった部分も、今ならおもしろおかしくあおったりでき るんだろうなって。そういうことが音楽のなかで楽しく遊んだり、表現できればいいなって思いますね。
■『PLAY』収録のラブソングの場合、恋愛の主導権を握ってるのはほぼ女性側ですよね。それって大人の女性だからこその特権というか。若いうちはどうしても男性に振り回されがちでしょ?
安室:あとはどっちが好きか、ですよね。私はどっちだろうなぁ~? ……振り回されるのがいいですよね(笑)。
■そういう恋愛話って、作詞担当のmichicoさんともされます?
安室:時々は。でもmichicoさんって、すごい私を観察してるんですよ(笑)。例えばmichicoさんが、“これいいだろうな”って いう曲に私がイメージがわかないときとか、“普段は無口であんまりしゃべらないコなのに、曲が来た時点でイメージが違ったらノーって主張するんだな”って 感じで。音選びから私の考えを見られてるっていうか。
■だからmichicoさんの詞と安室奈美恵さんの歌声って、すごくいい具合に反応し合うのかもしれない。
安室:michicoさんの世界観はホント、好きですね。彼女の書く詞って、こんなふうに歌ったらカッコイイだろうなとか、こんな衣装で歌 いたいなとかっていうイメージが次々と浮かんできて(楽曲の世界に)入りやすいんですよ。(楽曲のビジュアルイメージが)浮かばない曲はレコーディングの ときに選ばなかったりするから。
■今回はどの曲がいちばんイメージ的にガンと来ました?
安室:あ、『HELLO』は来ましたね。だから『HIDE & SEEK』も押し曲としてスタッフもみんな押してたんですけど、私は『HELLO』も映像がすごく浮かんでたので、この曲も押し曲としてどうしてもミュー ジックビデオを撮りたくて。ビデオにしたときも絶対カッコ良くなる曲だと思ったので、(イメージどおりの)ビデオが作れて良かったなって。
■今回『FUNKY TOWN』や『HELLO』、『HIDE & SEEK』のミュージックビデオのほか、初回盤の特典映像として安室さんが声優に初挑戦した「The World of GOLDEN EGGS」も収録されているんですよね。
安室:「The World of GOLDEN EGGS」は、前からMTVで見て気になってたんですよ。で、あるとき、T.KuraさんがおもしろいDVDがあるって言って持ってきたのもそのアニメ で。それでみんなで、「The World of GOLDEN EGGS」のなかにGUSHIケンバンドっていうのが出てくるから、沖縄つながりでそこに私が入るのっておもしろいねって話になって。それで 「The World of GOLDEN EGGS」の制作の方に提案してみたら参加させてもらえることになって……。
■そのGUSHIケンバンドでは歌も歌ってますよね。
安室:そうなんです。アルバムの曲をmichicoさんの家の2階の自宅スタジオでレコーディングしてるときに、完成した「The World of GOLDEN EGGS」の映像をスタッフが下で見てて。歌入れをしてたら、下の階からみんなのすごい笑い声が聞こえるんですよ。アルバムに笑い声入っちゃうよ、ってぐ らい。
■え!? アルバムのレコーディングって、そんなアットホームな雰囲気のなかでやってるんですか?
安室:そうなんです。michicoさんの曲は全部自宅スタジオでレコーディングなんで、わりと自分の家みたいな雰囲気なんですよ。
■意外! 自宅スタジオでレコーディングといえば、チープ感やミニマム感が出そうなものなのに、全然そんな仕上がりじゃないから。
安室:ねぇ? T.Kuraさんのマジックがあるんでしょうね。
■そのT.Kuraさん+michicoさんチームと、Nao'ymtさん。今回のアルバムの制作陣はその2組だけだそうですが、ここ最近の安室奈美恵さんにとってこの2組は、まさに気心の知れたチームですよね?
安室:でも、それも初めから決まってたわけじゃないんですよ。ほかの方の楽曲も聴かせてもらってたんですけど、やっぱりどうしても耳に残る のが、T.Kuraさん+michicoさんとNao'ymtさんの曲だったんです。で、アルバムの3分の2ぐらいの曲を録り終えたときに、2組の楽曲し か入ってないんだけど、みたいな(笑)。でも、いいんじゃない? 今回はもうそれでいこうよ、みたいな。
■ここ2~3年いろんな方とコラボしてみたけど、結局この2組が今の気分にいちばんしっくり来た、と。
安室:そうそう。『Queen of Hip Pop』 まではいろんな方にお願いしてましたからね。でも、気が合った仲間たちと作ったってとこでも、妥協のないアルバムになりましたね。時間がないからこの曲 は……とか、そういうのが1曲ぐらいはあったりもするんですが。いつもそれがすごいイヤだったんですけど、今回はそれがないですね。もちろん今回も時間的 にはかなりギリギリでしたけどね(笑)。
■そんな妥協なき今作は、安室奈美恵さんにとって20代最後のアルバムにもなるわけですよね。
安室:はいっ(と言って、右手の親指を立てて小さくポーズ)。“20代最後の挑発、いっとくか?”みたいな(笑)。ツアー中に30才を迎えますけどね。
■8月からの全国ツアー“namie amuro PLAY tour2007”はどんな感じになりそうですか?
安室:大人っぽいツアーにしたいですね。アルバムのイメージを壊さない感じでいきたいなって。しかも、今回のツアーは4~5か月の間に53本もあるんですよね。
■本数も多いし、かなりの長丁場。毎回、特にツアーに向けて体力作りはしないって話ですが……。
安室:去年もしましたけど、今年はね、します!「ビリーズブートキャンプ」のDVDで(笑)。どんだけ「ビリー」がすごいのかっていうのを 体験してみます。去年購入したままほったらかしてたんですけど(笑)、知り合いのダンサーさんが試したら、2日ですごい筋肉痛になって、3日目でやめた いって言い出して。筋力も体力もあって、毎日運動してる人がそんなこと言うなんて、と思って。でも5~6日目からラクになるらしいから、私もちょっとやっ てみようかなって。なので、今年のツアーは「ビリーズブートキャンプ」で乗り切ります!